NEWS / 2024/11/27

2024年度大会 発表要旨(プレゼンテーション)

発表要旨(プレゼンテーション)

10:00-12:00 (多次元デザイン実験棟・デザインコモン)
※プレゼンテーションは複数の発表が同時並行で進行します。

場所 A (++) B (++) C (++)    D (++)  ←場所の詳細は後日発表します

時間 ①10:00~10:30  ②10:30~11:00 ③11:00~11:30 ④11:30~12:00

プレゼンテーションA(++)-①10:00~10:30 実践報告「ホスピタルアート受講が学生の共感力、プロフェッショナリズム教育に及ぼす効果 - 2年間の追跡調査結果 –」

池田行宏(近畿大学医学部)、森口ゆたか(近畿大学文芸学部)、三井良之(近畿大学医学部)

【キーワード】ホスピタルアート、共感、プロフェッショナリズム教育

【発表要旨】【背景・目的】 「ビジュアルアート教育」は「観察・診断力の向上」「共感力」「コミュニケーション」「ウェルネス」「感受性」といった医師に必要な能力を涵養するとされている1)。医師の共感する力を測定にはJefferson Scale of physician Empathyが80か国以上で使用されている。学生に向けてはStudent version(Jefferson Scale of Empathy-Student Version: JSES)も開発されている。そこで今回の報告では、本邦初となる「ホスピタルアート」を冠した授業を実施し、JSESに加えて、日本で開発された、多次元共感性尺度を用いて、学生のどのような共感力に影響があるか、また、授業終了後どのように影響するか検証することを目的とした。 【方法】 2022年度医学部1学年の学生で、「ホスピタルアートによる患者ケア」という授業を実施。1学年116名(内、ホスピタルアート受講者22名)に、多次元共感性尺度を用いて、ホスピタルアート受講がどのような共感力に影響があるか検討した。また、JSESを用いて入学時、9月に2回、1年後に測定、共感力にどのような変化があるか追跡調査した。 【結果・考察】 多次元共感性尺度では「相手を批判するときは,相手の立場を考えることができない。」「人が頑張っているのを見たり聞いたりすると,自分には関係なくても応援したくなる。」「他人の感情に流されてしまうことはない。」といった項目で、ホスピタルアート受講者のスコアが高かった。 JSESは1学年時の測定3回のすべてにおいて、統計的有意差は認められなかったものの、ホスピタルアート受講者のスコアが高かった。特に9月、プロフェッショナリズム授業開始時の両者の差は開いており、ホスピタルアートの受講や経験が、プロフェッショナリズムの授業を受講する際の心構え(レディネス)に好影響があることが示された。さらに1年後、ホスピタルアート受講者のスコアの上昇が、非受講者に比べて大きかった。このことはホスピタルアート受講が、1年後の共感力にも良い影響を与えていることが覗えた。 【参考文献】 1) Mukunda N, et al. Medical Education ONLINE, 2019; 24

プレゼンテーションA (++)-②10:30~11:00 研究発表「ホスピタリティアート・プロジェクト 2009−2024」

三浦賢治(金沢美術工芸大学)

【キーワード】HAP

【発表要旨】金沢市立病院と金沢美術工芸大学が連携するホスピタリティアート・プロジェクト(HAP)は、医療分野におけるアートの潜在的な可能性について調査研究し、実践していく取組みとして、2009年に発足以来現在まで15年にわたり継続しているプロジェクトである。 本プロジェクトは、「ホスピタル(hospital)」の原義である「ホスピタリティ(hospitality)→もてなし」の精神を互いの共通理念としている。ホスピタリティを「ケア」と読み替え、病気からの快復と日々の健康を願う市民に対し、創意と表現そしてコミュニケーションとしての「アート」を活かし、医療と芸術をつなぐ領域からの新しい医療活動及び芸術活動を発信することを目指してきた。 プロジェクト開始当初(2009年)は、金沢市立病院と金沢美術工芸大学との会議を重ねながら活動の方向性を探る中で、金沢美術工芸大学の美術・デザイン・工芸それぞれの分野の特質を生かした企画を提案し、それを金沢市立病院が受け入れる形で作品展示やワークショップが実施された。  本プロジェクトは一つの自治体の括りの中に行政、医療機関、芸術系大学がバランスよく協働する関係が成立しており、その構造において、アートプロジェクトのあり方として全国的にみても幸せな環境にあったといえるかもしれない。そしてその状況、関係性は、本プロジェクトが15年間安定的に継続する上での土台となっていたと思われる。 これまでの活動を重ねていく中で、近年金沢市立病院は「地域がつくる安らぎの医療」を唱え、病院近くの施設に「まちなかサロン」を設け、地域住民に向けた健康増進のための市民講座を定期的に実施している。一方、金沢美術工芸大学では大学としての社会貢献の実績のほか、プロジェクトに参加した学生が創造についての新たな視点を見出す機会を与えてきたと考えられる。しかしながら教育に還元する具体的な形(例えば新しい芸術分野の創出に向けたプロジェクトの単位化など)には至っていない。金沢美術工芸大学以外にも医療とアートの協働に取り組む芸術系大学の活動は見られる中で、これまでに蓄積する記録を学術的視点で取りまとめ、本学におけるプロジェクトの社会的意義と今後の展望についての指針を示す必要があると考える。本発表では、プロジェクトコーディネーターを務める発表者の視点からプロジェクトの立ち上げから現在に至るまでを総括し、ケアとアートの関係を示す一例として紹介することで、ホスピタルアートにおける本プロジェクトの立ち位置を問う機会としたい。

プレゼンテーションA (++)-③11:00~11:30 実践報告「筑波大学附属病院におけるアート&デザイン活動の整理とその課題」

松﨑仰生(筑波大学附属病院、筑波大学芸術系、特定非営利活動法人チア・アート)、篠崎まゆみ(筑波大学附属病院)、小山慎一・村上史明(筑波大学芸術系)、樫村宙子・佐藤恵美(特定非営利活動法人チア・アート)、岩田祐佳梨(筑波大学芸術系)

【キーワード】病院 アート デザイン 大学 アートコーディネーター

【発表要旨】茨城県唯一の特定機能病院である筑波大学附属病院(809床)では、2002年より筑波大学芸術系の教員や学生と協働し、療養環境の改善を目指したアート&デザインに取り組んでいる。本院では病院職員と芸術系によるワーキンググループ「病院のアートを育てる会議」を主体とした会議を月1で開催しているほか、会議運営や各活動の調整などを担うアートコーディネーター(以下、AC)が在籍し、現在約15件の活動を展開している。こうした一連の取り組みには本院の経常予算が充てられ、ACが担当教員や学生と相談しながら各活動に分配をしている。国内の病院でのアート&デザインの実践は、大学等の教育機関による実践が多く見られるが、医療と芸術に関わる学内組織が連携した継続的な実践はあまり見られない。本報告は、第一筆者がACに着任した2020年から現在までの取り組みに着目し、参与観察から得た活動内容を整理することで、現状の把握およびその課題を明らかすることを目的とする。  本院での活動は、授業作品や優秀作品の展示など病院での展開を前提としていない「病院を巡るもの」と、病院での展開を前提とした「病院から生まれるもの」に分けられる。さらに後者は、空間改修やサイン計画などの「病院をつくるもの」、職員や医療器具をモデル、素材とした作品などの「病院をモチーフにつくるもの」、院内での滞在制作などの「病院でつくるもの」、ワークショップなどの「病院にいる人々とともにつくるもの」に分けられる。「病院を巡るもの」は、作品形態や展示場所を固定化すれば継続的な運用が容易であり閉鎖的・無機質な院内に彩りを与えられるなど即効性のある活動といえるが、授業や制作目的と病院のニーズの齟齬が生じる場合がある。一方「病院から生まれるもの」は、病院のニーズを満たすだけでなく、病院に対する新たな視点の提示や、患者や職員との交流、芸術と病院が交わる領域における表現の拡張なども期待できるが、様々な活動形態が予想されるため患者への配慮事項など慎重な議論と現場調整を要し実施までに時間がかかる点や、指揮・指導する教員の負担、学生と現場とのマッチングの難しさなどが懸念点である。  以上、本院におけるアート&デザイン活動について、方向性が異なる2種の活動に分類し、それぞれの価値と難点を整理した。現状は活動の違いを十分に考慮できていないなかで両者の内容を検討し、意見のすれ違いが生じたまま深い議論へとつながらない場面も見受けられる。また近年の会議は、論点が活動の安全性ばかりに集中しそれに基づいた実施可否の決定に終始してしまっている点も課題といえる。活動開始以来、本院は多種多様な活動を実施し、それらの実績をもとに予算確保やACの設置などの体制を整え、その後も継続的に取り組んできた。22年経過した現在、上述の内容を指標の一つとしながら、本院での活動方針の整理が必要だろう。今後は「アート&デザインを通じて、病院をどのようによりよくしていきたいか」といった本質的な問いをワーキングメンバーで共有しながら、病院と芸術系の共創の場を創出していきたい。

プレゼンテーションB(++)-①10:00~10:30 実践報告「ドイツ生まれの滞在型市民農園「クラインガルテン」及び「オープンガーデン」からの実践報告」

西野昌克(関西医科大学看護学部)

【キーワード】クラインガルテン オープンガーデン イングリッシュガーデン 田舎暮らし

【発表要旨】2022年新型コロナ渦のなかで大学教員を退職し、これまで都市生活を送ってきた私は、心の故郷を求め兵庫県朝来市の滞在型市民農園「クラインガルテン伊由の郷」に入居し、以降大阪の自宅との2拠点生活を送るようになる。 兵庫県朝来市は雲海で有名な竹田城跡や生野銀山跡が観光資源であり、2005年には朝来町、和田山町、山東町、生野町が統合されている。1999年には広大な公園に野外彫刻を設置した「あさご芸術の森美術館」がオープンする。 クラインガルテン(Kleingarten)の入居者の多くは都市生活者であり、週末には畑で作物を有機栽培することを楽しんでいるが、当初私は有機栽培に興味を持てず、以前よりガーデニングを趣味にしていたこともあり、雑誌によく紹介されている「イングリッシュガーデン」を目指し、バラや宿根草を定植し植物と深く対峙するようになる。 生物学者、植物学者でもない私が植物と共生するのは空間デザイン或いはランドスケープデザインとしてのフィールドワークであり、いささか個人的な老後の過ごし方への提案でもあるが、実践を通して気づいたガーデニングの効能をまとめてみたいと思う。 植物を育てるなかで植物の持つ感性や不思議な体験を通してヒトの営みと健康、共生について考えるようになった。 ドイツ語で「小さな庭」を意味するクラインガルテンは、日本でも2000年頃から地方自治体によって整備され、家庭菜園やガーデニングする目的で都市生活者を中心に全国に広がる。 また自宅の庭を公開する市のイベント「あさごオープンガーデン」に参加し、多くの市民や庭仲間との交流から見えてくる自然豊かな地方の発展と課題をまとめて発表したいと考える。 現在勤務する関西医科大学の総合医療センターには、「ホスピタルガーデン」が整備され、入院患者(リハビリテーション)やご家族の散歩に利用されている。 医療との直接的な関わりはないものの、庭や植物とヒトとの関係性に多くの学びがある。

プレゼンテーションB (++)-②10:30~11:00 研究発表「認知症の人と地域コミュニティを仲介するアーティストの役割と課題 ~アートマネジメントの視点からの考察~コミュニティとの連携における課題~」

大村直子(東京藝術大学大学院美術研究美術専攻先端芸術表現研究領域博士後期課程3年)

【キーワード】認知症、地域コミュニティ、仲介

【発表要旨】現在、認知症の人々と地域コミュニティを仲介するアーティストの役割と課題を明らかにする研究に取り組んでいる。口頭発表においては、特にアートマネジメントの視点から、コミュニティとの連携における課題について考察する。アートマネジメントの理論と実践を踏まえ、コミュニティとの連携における主要な課題を以下の観点から検討する。 まず、中間支援団体の必要性である。認知症の人々を対象としたアートプロジェクトは多岐にわたるが、その多くが個別のアーティストや小規模な団体によって運営されている。これらのプロジェクトを継続的かつ効果的に推進するためには、中間支援団体の存在が不可欠である。中間支援団体は、プロジェクトのコーディネート、資金調達、広報活動など、多岐にわたるサポートを提供する役割について検討する。 次に、プロジェクトの評価と成果の測定の重要性である。アートと認知症の分野におけるプロジェクトは、その効果を定量的に評価することが難しい。どのような手法であれば、プロジェクトの成果を客観的に示すことが可能になるのか。プロジェクトの有効性を証明し、さらなる資金調達や支援を得るための基盤を築くための評価測定について検討する。 また、アーティストの育成も重要な課題である。認知症の人々と共に活動するアーティストには、高度な専門知識とスキルが求められる。そのため、アーティストの育成プログラムを充実させることが求められる。特に、認知症の理解やコミュニケーション技術の向上、倫理的な配慮など、実践的なスキルを身につけるための研修が必要である。 最後に、これらの課題を総合的に解決するための考察とまとめとして、関係者間のネットワーク構築や情報共有、プロジェクトの持続可能性を高めるための戦略的なプランニングについて検討する。これにより、認知症の人々と地域コミュニティとの連携がより円滑に進み、アーティストの活動がより一層充実したものとなることが期待される。 このような視点から、認知症の人々と地域コミュニティを仲介するアーティストの役割と課題について、考察する。

プレゼンテーションB (++)-③11:00~11:30 実践報告「地域文化と環境保全と社会的包摂をつなぐアートプロジェクト:「マン川・ビジュアルポエトリー・キャンプ」の取り組み

RIEWPAIBOON Siree(九州大学芸術工学府芸術工学専攻(博士課程))

【キーワード】地域密着型アートプロジェクト、アート介入、環境意識、社会包括、高齢化社会

【発表要旨】「マン川・ビジュアルポエトリー・キャンプ」は、タイのルーイ県ダンサイ市でプラユーン・フォ・アート(Prayoon For Art)によって開催された地域密着型のアートプロジェクトである。プラユーン・フォ・アートは、現代アートを広く楽しめるようにし、芸術的プロセスを通じて地域の持続可能な社会的発展を促進する団体である。2020年からダンサイ市でアートプロジェクトを実施し、2021年と2023年には現代芸術祭を開催、2023年からはダンサイ・クリエイティブ・ラーニング・センターと滞在型スペースを運営している。 「マン川・ビジュアルポエトリー・キャンプ」のアイデアは、過去3年間の地域との共同作業や調査から生まれ、地域の関係者が抱える環境問題に取り組むことを目的としている。地域の文化遺産と芸術的介入を融合させ、環境の変化に脅かされているマン川との繋がりを再強化することが目指されている。プラユーン・フォ・アートのチームは、アートマネージャーとマルチメディアアーティストで構成され、8つの村の65歳以上の16人の長老にインタビューを行い、失われたボートレースの伝統を探求した。そして、地域の若者がこの伝統を再発見し、ビジュアルストーリーテリングを通じて自らの印象を表現するための2日半のアートワークショップを共同で設計・実施した。 このワークショップは2023年11月に開催され、初日は「メディアアートとは?」というイントロダクションから始まった。主要な講師であるアーティストのセッタシリ・チャンジャラドポンが主導し、参加者が現代アートを活用して自分の表現を創造的かつ気軽に行えるよう、カジュアルな会話形式でさまざまなメディアアートの例が示された。この演習では、参加者が「アートは高尚なもので、その価値は美しさに依存する」という誤解を克服する手助けが行われた。 2日目の主な目的は、参加者がボートレースの歴史や環境を探求し、後のクリエイティブな表現へのインプットを得ることである。参加者には感覚を活性化し好奇心を引き出すためのガイダンスとツールが提供された。その後、彼らはボートレースが行われた川沿いの地域を歩き、昔の伝統に参加していた高齢者に紹介された。また、ボート作りの過程で村の中心的な役割を果たしていた森や寺院も訪れた。 3日目は、参加者が主要な講師やアーティストの指導のもと、自分のアートワークのスケッチやプロトタイプを作成することに焦点が当てられた。プロセスは小さなプレゼンテーションとフィードバックセッションで締めくくられ、グループは各自のアートワークの制作を続けることを決定した。完成した作品は2023年12月にダンサイ・クリエイティブ・ラーニング・センターで展示された。 このプロジェクトの成果としては、無形文化遺産の継承と保存における創造的プロセスの発見、マン川の物理的な環境変化の原因を地域が調査し、再生の方法を探る機会の提供、そして多世代の交流が促進され、特に高齢者に恩恵をもたらしながら社会的包摂が推進された点が挙げられるのである。

プレゼンテーションC (++)-①10:00~10:30 実践報告「ART/3Cアトリプシー わたしたちでつくる、ケアとアートのしくみ ー遊びごころのある自己表現を用いた、コミュニケーションデザインの実践的考察ー」

榎原理絵(井村理絵)(さつきデザイン事務所)

【キーワード】がん患者 ケア アート コミュニケーションデザイン つながり

【発表要旨】本報告は、がんを患う当事者として筆者が闘病者とその家族・友人のQOL向上のためにケアとアートのしくみ(愛称:ART+3C/アトリプシー)を構築している中で、アートを用いた自己表現と社会とつながるためのコミュニケーションデザインについて考察したものである。 人生100年時代といわれる超高齢化社会において、日本のがん患者は、2023年の統計によると約100万人を超えて存在する。一方で、医療の進歩により生存率は向上し、がん患者は長く続く治療や治療後の生活の中で、病気や過酷な治療によって髪の毛が抜けるなどの容姿の変化に対して悩んだり、思うように仕事ができず解雇されたり、仕事を失うことへの不安に直面する。今回は、筆者と同じ乳がん罹患者とご家族、そして、AYA世代、小児がんと闘う子どもたちと親とともに活動した内容について報告する。 まずは、困難な状況において、自己に生じた苦痛をありのまま受け入れ、その苦痛を緩和できるよう自己肯定感の回復サポートを行うために芸術を手段とし、アルコールインクアートのワークショップを検討し実施した。このワークショップを通じて、自己表現するきっかけを試みた内容と参加者の気持ちの変化について結果を報告する。次に、個人の境界線を越えて筆者との関わり合い、互いに影響し合うことを目的として、作品が選ばれた参加者に対して、その絵に込めた思いをタイトルと文章で表してもらい、その作品を筆者が編集してスカーフの柄に落とし込み視覚化した。さらに、インクジェットプリンターを用いて印刷し、縫製を行い110㎝×110㎝のシルクやコットンのスカーフに仕上げた。参加者が好奇心を持ってこの活動に取り組めるように、自分自身の力や考えを信じて、前向きに可能性を追求して楽観性を持てるように、その仕上がったスカーフを参加者に纏ってもらい、本格的な撮影を実施した実践内容について述べる。 このプロセスを経て、筆者と参加者が、ありのままの自分を認められるようになったか、自己肯定感の回復につながっているか、闘病者であっても良く生きること(well-being)が目指せているか、つまり、ケアにつながっているかどうかをヒアリング調査を元に分析する。また、人や社会とのつながりができたかについては、結果が得られるまで時間を要するため、まずは社会で暮らす闘病者ではない人達に対して、わたしたちのことを知るきっかけや気づきを与えられるようなコミュニケーションデザインの手法について触れたい。 当活動の目的は、わたしたちと呼べる関係性を社会に増やすことで相互ケアを生み出し、関わる人々のQOLを向上させることである。したがって、その目的に到達できるしくみになりうるかどうか研究を交えながら実践し、社会的意義のある活動になるよう事業目線も踏まえながら評価し、今後の課題と可能性について考察する。

プレゼンテーションC (++)-②10:30~11:00 研究発表「描画とオノマトペを用いた対話ワークショップにおける「言葉にできない『しんどさ』」の翻訳的ケア」

南 摩周(任意団体yoriai.)

【キーワード】しんどさ、オノマトペ、対話、翻訳、翻訳不可能性

【発表要旨】実体の曖昧な心身の不調である「しんどさ」は、主観的にも客観的にも捉え難く、言語化が難しい。本発表では、アートワークショップの実践を通して、いかに「しんどさ」が表現され、他者に伝えられるか「翻訳」概念を用いて解釈し、そのケア性を探索していく。  「翻訳」とは、あるメッセージ(意味)を伝えるために、あるコードを別のコードに置き換えることである。翻訳につきものなのが、「翻訳不可能性」の問題である。別のコードに置き換える過程で、完璧にメッセージを伝えることはできず、翻訳不可能な部分が出てきてしまう。  「しんどさ」には2種類の「翻訳不可能性」があると考えられる。「自己内の翻訳不可能性」と「他者間の翻訳不可能性」である。今回は「自己内の翻訳不可能性」に注目する。「自己内の翻訳不可能性」とは、自分で「しんどさ」のメッセージが分からない状態を指す。たとえば、心がモヤモヤするけれども、なぜかは分からないといった状態である。  筆者は、「翻訳不可能性」を抱える「しんどさ」に対するケアの一つとして、ワークショップ「きもち翻訳」(以下WS)を企画・実践した。WSは、表現パート・対話パートに大別される。表現パートでは、描画・オノマトペで「しんどさ」を表現し、対話パートでは、描画・オノマトペにどのような「しんどさ」が宿っているか対話を通して読み解いていく。 WSでは、「自己内の翻訳不可能性」へアプローチするために、「仕掛け」と「関わり」が工夫されている。「仕掛け」とは、描画・オノマトペなど、「しんどさ」の表現方法のことである。他方、「関わり」とは、「しんどさ」を翻訳する過程で、筆者がファシリテーターとしてWS参加者に伴走する際の特徴的な関わり方である。調査においては、「仕掛け」を分析するために参与観察を行い、「関わり」を明らかにするために対話の音声データを会話分析した。倫理的配慮として、事前に参加者に許諾を取り、同意書に署名を求めた。また、WSはあくまでも表現活動の一環である立場を取り、アセスメントや介入は行っていない。 参加者は表現の過程で<描画⇒オノマトペ⇒説明テクスト>という非言語から言語のグラデーションを持たせた「仕掛け」を経ることで、自己内で翻訳不可能だった「しんどさ」を少しずつ翻訳していき、その過程で「落ち着いた感じ」や「受けとめてもらえた感じ」を得られたと発言していた。また、前述の「関わり」に対する会話分析の結果、筆者の問いかけを受けて、参加者が表現(コード)を見つけていく<表現探し連鎖>という特徴的な「関わり」が見られた。 WSでは、翻訳を経て、これまで言語化できず自己からも他者からも不可視化されてきた「しんどさ」が可視化され、外在化されることで、参加者にある種の癒しの感覚がもたらされていた。さらに、参加者と筆者の間には、表現を介して「しんどさ」を共に眼差す、ゆるやかな関係が紡がれていた。

プレゼンテーションC (++)-③11:00~11:30 実践報告「ワークショップ「人とつながり,アート&ケアに出会う」の可能性」

正保正惠・渋谷清・池田明子・古山典子・山内加奈子・宮前良平・大谷悠(福山市立大学)

【キーワード】つながり アート ケア 出会い

【発表要旨】本研究の目的は,市内の子育て世代包括支援センター(日本版ネウボラ)と連携しながら大学独自の拠点を作ることをめざして,アートを通した安心・安全を感じる学びをプログラム化し,個人や社会にもたらす変化を評価していく足がかりを作ることである。また,新しいタイプの大学発の子育て・親育て拠点の在り方を問う。 今回の実践の下敷きにしたのは,Geoffrey Crossick, Patrycja Kaszynska (2022)である。Art & Careに関心を持つ教員がそれぞれの専門を生かしながら,連続講座を開いた。大学と地域の行政が連携した異分野グループよるパイロット的ワークショップの参加者にThe AHRC Cultural Value Project の研究成果に基づく「個人の内省」,「アイデンティティ」,「主観的幸福感」などの項目について感想を書いていただいた。 自転車発電で電気をつくろう(大谷):参加者がオリジナルのランプシェードを作り,その後参加者自身が自転発電を動かし,ランプを灯した。こだわりのデザインとストーリーをもったランプを作ることで自らの世界観を表現する。 音楽づくりを気軽に楽しもう(古山):本活動は,集団から個の音楽経験へと展開しつつ,多様なイメージが可能な「雨」をテーマとして,図形楽譜を用いながら無作為に鳴る音に自分の音を合わせる形で創作に取組む。 絵本の世界を愉しもう(池田):絵本の世界にゆったりと浸ってみることで,あるいは参加者の皆さんと語り合うことで,自分の感じ方を大切にしたらいいんだなということを感じ何気ない日常を心豊かに過ごすことの大切さに気付く。 背守刺繍で想いを伝えよう(正保):背守刺繍とは,江戸時代から伝わる背中に(縫い)目を作ることで「魔物」から子どもの命を守るための「おまじない」。不安の時代を生きる現代においても,刺繍を通して安心を感じる。 何気ない日常を想起しよう(宮前):日常記憶地図ノート(サトウアヤコ)を用いて,普段思い出すことのない何気ない日常の想起を通じて,参加者自身の生きてきた記憶の地層が掘り返す。また,それぞれの語りを聞きあうことが集合的なケアの場を作る。 「絵でコミュニケーションしよう」(山内):描画行為は,自身でコントロールできない部分をもち無意識が投影される側面がある。そのため,自分が気付かなかった状態を知り,自己理解や洞察の契機となる。 「みんなで楽しむ造形遊び」:色画用紙などの材料を使い,床一面に広がる大きな木を創り出した。みんなで材料を切ったり,並べたり,つなげたり,重ねたりする活動を通じ,徐々に巨大な木が出来ていく喜びを共有する。 参加者の感想からは,「個人の内省」,「アイデンティティ」,「主観的幸福感」などの項目についてプラスの評価がなされ,さらに大学を拠点に自分たちが研究をしながら新たなワークショップを作っていきたいという創発がなされた。(1141字) 参考文献 Geoffrey Crossick, Patrycja Kaszynska (2022)『芸術文化の価値とは何かー個人や社会にもたらす変化とその評価』水曜社

プレゼンテーションC (++)-④11:30~12:00 研究発表「ロールプレイと描画を用いた「介護福祉士版体験的コミュニケーション理解プログラム」の試行と検討 ―高校福祉科2年生を対象にしたグループインタビューの分析から―」

佐野真紀(愛知教育大学)

【キーワード】描画、コミュニケーション、介護福祉士、高校福祉科、グループインタビュー

【発表要旨】本研究は、「介護福祉士版体験的コミュニケーション理解プログラム」を構築する研究の一環として、高校福祉科の生徒を対象にプログラムを試行し、高校生にとってこのプログラムがどのような体験をもたらしているかを探索することを目的としている。  高校福祉科においては志願者・入学者の減少に加え、学校生活において生徒間の人間関係に課題を持ち、指導に配慮を要する生徒が増加しつつある。従来の介護福祉士養成課程においては、コミュニケーション技術を知識として伝達することを進めてきたが、共感や受容といったコミュニケーションの概念やスキルを行動に落とし込むための仕掛けを必要としていると考える。本プログラムは、ウォーミングアップ(体操)、講義、ロールプレイ、描画によるワーク、ディスカッションで構成されており、自分で感じたことを言葉と絵で表現することを通して、快く自分を表現することと快く相手を受け入れることの循環するコミュニケーション(佐野2013)を体験することを目指している。  研究の対象者は介護福祉士養成を行う高校福祉科の生徒とし、入学から18か月後の2023年10月に50分授業を2時間連続で行った。授業前と授業後にSTAIを用いて不安状態を確かめたほか、事後アンケートでプログラムの経験について尋ね、自由記述の回答を質的統合法によって分析した。さらに参加者の中から6名を抽出して、同日フォーカスグループインタビューを行い、SCAT(大谷2019)により分析を行った。アンケート調査並びにインタビュー調査は、愛知教育大学の研究倫理規定をふまえた倫理的配慮のもとに実施した。この発表では、フォーカスグループインタビューの分析を中心に報告する。  フォーカスグループインタビューから、次のことを指摘できた。プログラムの体験は、コミュニケーションの楽しさ、描画の自由な表現の楽しさ、自分からの発信の効果、自他の感じ方の違いや表現の違いの面白さについて語られた。違うということについて、差異の発見に驚きと嬉しさを感じ、違うもの同士から新しいものが生まれる体験、コラボレーションの発見、いろいろな絵と組み合わせる楽しさとして捉えられた。普段は同質性の高い集団の中にいるため、これらは初めての体験と語られた。違っていることを認識したうえで受け入れる/受け入れられる体験としては、部活での意見の衝突や兄弟げんかが想起され、受け入れられない体験が多く想起された。共感概念や既習内容と体験の関連づけは、示唆を与えると結び付けられる程度であった。以上のことからプログラムの体験は、表現の楽しさや自他の感じ方や視点の違いを肯定し、異なるものが組み合わさることで新たなものが生まれる体験を提供している。その中で、相手の想いを受け入れる共感の体験、違いを受け入れる受容や多様性容認の体験などを提供していることが示唆された。(本研究はJSPS科学研究費JP21K02546の助成を受けたものです)

プレゼンテーションD (++)-①10:00~10:30 実践報告「滋賀大学教育学部附属音楽教育支援センター「おとさぽ」における音楽療法の立ち上げに関する実践報告ー障害児者の支援事業の普及・定着を巡って」

山本知香(滋賀大学教育学部附属音楽教育支援センター)

【キーワード】音楽療法 立ち上げ 障害児者 支援

【発表要旨】滋賀大学教育学部附属音楽教育支援センター(愛称:おとさぽ)は、障害児者が生涯にわたって音楽を楽しむことができるよう支援することを目的として、2020年10月に設立された。特別支援学校等に音楽を届けるアウトリーチ活動、障害児者を対象としたピアノレッスン・音楽療法等のインリーチ活動、教員やピアノ講師・音楽療法士等を対象とした指導者研修会、パイロットプログラムの4つの柱で事業を展開している。発表者は、音楽療法を専門とするセンター専任教員として運営に携わり、2022年度の大会において、おとさぽの事業の全体像について実践報告を行った。今回は、インリーチ活動に位置付けられる音楽療法に焦点を当てた実践報告を行う。  音楽療法はいまだ発展中の分野であり、方法や目的が多種多様である。そのため、参加者ご本人・ご家族のニーズと、実践者側の方針が噛み合うことがまず何よりも大切になる。特に、おとさぽで実践されている音楽療法は、心の安定や心の育ちという目には見えにくいところを重視し、プログラムを立てず即興的に内容を組み立てていくという特徴を持つ。つまり、前もって療法のゴールを示し辛い上に、「何をするか」が具体的には定まっておらず、客観的な指標によって効果を表すことも難しいのである。おそらくこれらの困難は、音楽療法に限らず、広くアートに関わる障害児者の支援事業を立ち上げる際によく立ちはだかる壁なのではないだろうか。そこで、今回の発表では、おとさぽにおける音楽療法の立ち上げと定着までのおよそ3年に渡るプロセスについて具体的に紹介することで、障害児者の支援事業が普及・定着するためのひとつのあり方を可視化し、今後の可能性について模索していきたい。  具体的には、以下の6項目についてそれぞれ報告する。①どのような音楽療法をどのような形で実施するか、という大枠の決定 ②実践場所(セッションルーム)の整備、楽器の選定と確保などハード面の準備 ③月謝制度の確立や入会規約の制定などに関する大学側との調整 ④問い合わせから体験、入会までの流れの確立と、それに関わる窓口業務 ⑤チラシの送付やホームページ上での告知などの広報活動 ⑥枠の拡充と音楽療法士の確保  最後に、これからの発展可能性として、音楽療法の紹介拠点や音楽療法士の養成拠点としての新たな役割を担うことや、大学附属のセンターであることを活かし、実践者/参加者という枠を超えた広い視点から実践知を発信することなどが考えられる。今後の課題として取り組んでいきたい。

プレゼンテーションD (++)-②10:30~11:00 実践報告を基にする研究発表「アートとケアが出合うときⅡ―子どもの言葉と大人の言葉のあいだに生まれるもの」

佐治由美子(学校法人 愛育学園)

【キーワード】保育 表現 実践研究 人間現象の理解

【発表要旨】保育において子どもの出す声や音、身体の動き、紙や砂の上に描かれる線などを表現と捉えるなら、それらはすべてアートと言ってもよいでしょう。その子どもの表現には、子どもの喜びや悲しみなどいろいろな感情が表されています。保育者が子どもの表現に立ち合い、ましてそれが保育者に向かって差し出される表現であるとき、保育者はそこに込められている子どもの思いに向き合い、それに応えていこうとします。子どもの思いを受け取り、それに応答する保育が子どもを支えていくことになる場合、それは、子どもにとってのケアに結びつくことがあります。 今回の発表では、子どもの言葉による表現に焦点を当て、ある子ども(特別支援学校4年生男児)が筆者に投げかけてきた問いの言葉から始まる保育場面について考察していきます。 筆者は愛育学園(幼稚部・小学部)に所属する子どもたちの特別支援教育に携わりつつ、保育の中に浮かび上がる人間現象の理解に向けて研究を進めています。保育の中に見出すことのできるアートとケアの出合いのとき(瞬間)ついて、筆者自身の実践記録を通して明らかにしていく実践研究からのアプローチです。 愛育学園では、小学部の子どもたちに対しても保育という用語を用いています。その理由は、一言で言えば、子どもを主体とする学校を目指しており、いわゆる時間割のない学校生活をつくっているからです。カリキュラムを子どもが成長していく上でたどるコースというラテン語本来の意味でとらえ、大人が平均的な育ちのイメージで決定するカリキュラムではなく、子どもと大人の共同作業で日々作り上げていくカリキュラムという考え方に立っています。子どもたち一人ひとりが人間として育つような保育的関係を大人たちが協働してつくり上げていき、卒業後も人格の完成を目指して子ども自らが成長し続けるようその基礎固めに力を注いでいる学園です。

プレゼンテーションD (++)-③11:00~11:30 研究発表「ラップミュージックを用いた省察と自己表現による抑圧からの解放」

苧野亮介(一橋大学社会学研究科博士後期課程)

【キーワード】トラウマ

【発表要旨】本発表ではトラウマをはじめ、さまざまな苦難を経験した人々が自身の心情を表現し、他者と繋がっていくための一つの手段としてラップミュージックの可能性についての考察を示す。 公⺠権運動後の荒廃したニューヨーク州サウスブロンクスにあるアパートの一室から生まれたヒップホップは、90 年代にはメインストリーム入りを果たした。その後も絶え間なく進化し続け、アメリカにおいては R&Bとの合算とはいえ、2017年にそれまで不動の一位であったロックの売り上げを上回るまで急成⻑を遂げた。周縁化された人々によって生み出されたヒップホップは DJ、MC、ブレイキング(ダンス)、グラフィティ(ストリートアート)の四大要素あるとされ、それぞれの要素は今や世界中に広がり、各地域で発展を続けながら多くの賞賛と批判を集めている。「MC」に該当するラップミュージックに関しては、ラッパーたちは自身の人生における喜びや悲しみ、怒りや欲望などを包み隠さず歌ってきた。自身の生まれ育った街を誇ったものや、愛について、あるいはギャングの日常や警察や政治家といった公権力への批判など、その内容は多岐にわたる。ラッパーのスタイルやラップミュージックのサブジャンルも時代を追うごとに多様になり、最も自由な音楽ジャンルの一つといえるかもしれない。 そんなヒップホップは、90 年代中頃から、単なる娯楽に留まらず、セラピーの現場で用いられ始めた。プロのラッパーとして活動する人々でなくとも、ラップというものが自身の人生や経験を語る上で有効だとみなされ始めたのである。アメリカなど、ヒップホップ 文化が強く根付いている地域を中心に取り組まれてきた実践であるが、日本においてもヒップホップを用いて自己表現をしてみようという取り組みが 10 年以上前から行われている。そこは、何かしらの理由により〈沈黙〉させられていた人々が、ラップミュージックを通して生き生きと自身のストーリーを語る場であった。本発表では、そうした取り組みに着目し、まずはヒップホップがセラピーの現場で用いられている事例について、文献研究で得た情報をまとめる。その後、日本におけるラップミュージックを用いた省察と自己表現の可能性について、発表者自身が行った「ラップワークショップ」での参与観察と、主催者と参加者へのインタビューによる質的調査で得たデータをもとにトラウマ研究で重視されてきた回復の理論などに依拠しながら検討する。そして最後に、アートとしてのヒップホップがケアの現場でさらなる可能性を広げていくために、ヒップホップ文化における加傷性についての検討も行う。ヒップホップは長らく男性中心主義的であり、女性蔑視や同性愛嫌悪な側面があるとして批判がなされてきた。そんなヒップホップがケアの現場で特定の人々を排除しないためにもヒップホップの多様な面を捉えていく必要がある。 本発表は発表者が2024年1月に一橋大学社会学研究科に提出した修士論文の内容を改訂したものをもとに行う。

プレゼンテーションD (++)-④11:30~12:00 研究発表「エル・システマジャパン相馬の活動におけるフェローの役割」

石井杏奈(九州大学大学院修士2年)

【キーワード】子ども、音楽教育、オーケストラ

【発表要旨】福島県相馬市で行われている、一般社団法人エル・システマジャパン(以下ESJ)による活動、「相馬子どもオーケストラ」では、「フェロー」と呼ばれるボランティアによる活動のサポートが行われている。相馬子どもオーケストラは、東日本大震災の被災地域にいる子どもたちの心のケアを目的として始まった音楽教育プログラムである。東日本大震災の発生から13年、プログラムの開始から12年が経ち、次第にプログラム開始時に意図された「ケア」の文脈から離れつつある。 相馬子どもオーケストラとは、福島県相馬市内に在住、もしくは通学している小学1年生から高校3年生が対象のオーケストラである。相馬子どもオーケストラの、プログラムとしての効果の測定のために、プログラム開始時から2017年まで継続して外部評価が行われてきた。しかしながら、外部評価だけでは、活動の内部で実際にどのようなことが行われているのか、ステークホルダーがどのように活動に参画しているのかについては語られていない。 そこで本研究では、子どものための無償音楽教育プログラムである相馬子どもオーケストラを研究対象とし、指導者とは別にボランティアとして参画する大人である、「フェロー」の役割について明らかにすることを目的とする。「フェロー」の行動や他のステークホルダーとの関わりに着目し、彼らの言動がプログラム全体のケアとどのような連関があるかを明らかにする。 本研究では、まず活動内容の把握のために参与観察を行った。次に、観察だけでは把握することの出来ない、行動に至った背景や考えの聞き取りのためにインタビュー調査を行った。他団体の活動を観察することで、フェローの役割について、相馬における価値を検討した。これから、インタビューの結果を分析したのち、分析結果から生まれた問いをもとに、参与観察時の録画データを分析していく予定である。 発表者はアマチュアの指導ボランティアである「フェロー」の一人として、2023年9月から2024年3月にかけて2ヶ月に1回のペースで、計8日間活動に参加し、活動の様子を記録した。 相馬子どもオーケストラに関わる、フェローを含めた様々な属性の大人16人を対象にインタビューを実施した。さらに、インタビューを進める過程で、インタビュイーの多くが極めてマージナルな属性を持っていた。本人の属性(関わり方)の変化についても聞き取りを行うために、一部のインタビュイーに対して「音楽年表」を記述してもらい、彼ら自身にストーリーを語ってもらいながらインタビューを進めた。インタビューの中で、インタビュイー自身が受けてきた他の音楽教育や音楽体験についても聞き取りを行うことで、フェローとしての行動の経年的な変化やその要因を探った。フェローは指導者と子どもをつなぐ橋渡しの役割を担い、フラットな関係の構築に貢献しているという気づきを得た。