アートミーツケア学会 2025年度総会・大会
プレゼンテーション発表要旨
2025年9月21日(日)9:30〜12:00
※複数の発表が同時並行で進行します。
会場 A (コリブリホール) B (アクティビティルーム) C (医局会議室) D (コミュニティルーム)
時間 ①9:30〜9:55 ②9:55~10:20 ③10:20~10:45 ④10:45~11:10 ⑤11:10〜11:35 ⑥11:35〜12:00
※1発表あたり25分(発表15分+質疑応答5分+入替5分)
※チラシ掲載時間より、昼食休憩時間が12:00〜13:00に変更になりました。
アートミーツケア学会2025年度大会発表要旨(プレゼンテーション)PDFデータ
プレゼンテーションA① 9:30〜9:55
実践報告「ベトナム戦争終結50周年 枯葉剤被害者を支援して」
西野昌克(特定非営利法人 美しい世界のため)、内本年昭(特定非営利法人 美しい世界のため)、
原 光弘(特定非営利法人 美しい世界のため)
【キーワード】
ベトナム戦争、枯葉剤、ドクちゃん、壁画、絵本
【発表要旨】
私たちは、“ベトちゃんとドクちゃん”で知られる元結合双生児グエン・ドク氏と連携して、平和についての講演、ベトナムの枯葉剤被害者らへの支援、そして“芸術を通じて世界に平和を発信”している。その活動内容は、楽曲制作、ミュージックビデオ制作、舞台演奏、壁画制作、美術教育ワークショップ実施、日本文化体験交流会実施、音楽コンサート開催、絵本制作、劇場映画製作協力など多岐に渡る。 当法人の定款にもある“芸術を通じて世界に平和を発信”する事業について、今回2つの事例を紹介する。 まず、2017年にホーチミン市の戦争証跡博物館での壁画制作プロジェクトである。博物館の託児室に「White Doves Carry Peace(白鳩が平和を運ぶ)」をコンセプトに壁画を完成させた。ドク氏も交えて博物館長と対話する場を持ち、館内で子どもたちがくつろぐ場所である託児室に平和をテーマにした壁画制作の意義を伝えた。これまでにホーチミン市の孤児院等へ慰問活動を行っていたり、ベトナム人歌手と協同してミュージックビデオ制作を行っていたりという実績があった為、館長は好意的に検討してくれた。それまでは3つの壁面にベトナムの北部、中部、南部の3つの風景が描かれていたのだが、35×3.5メートルに渡りテーマをもった絵画が描かれることになったのである。原画は大阪通天閣の天井画復刻を担当した沖谷晃司(日本画家)が担当した。そして、現地の日系企業に塗装作業などの技術支援を取り付け、日本から25名、ベトナムから25名の画家や学生や一般市民が筆を取り、一か月かけて壁画を完成させた。博物館に立ち寄った見学者も筆を取り、300名以上が手を入れた壁画になったのである。8月の完成披露式典には、枯葉剤被害者約30名を招待し、スピーチや歌で平和を誓った。この模様はベトナムや日本のメディアも取り上げ、戦争が終わっても苦しみを抱える枯葉剤被害者の心に、社会全体で寄り添う必要性を訴えたのである。 2つ目は、2021年に実施した「『グエン・ドクさんの奇跡の物語』を次世代に絵本で伝える」というプロジェクトである。購入型クラウドファンディングで目標金額300万円を達成し、ドク氏の生い立ちを綴った絵本「ぼくのお父さんはドクちゃん」を制作した。 現在、40才以下の人たちの多くは、“ドクちゃん”も“ベトナム戦争”も“枯葉剤”のことも風化傾向にある。人類が戦争被害者をつくらないような世界にするためには、この絵本を通じて、「平和の尊さ」や「家族の大切さ」を感じ取ってもらいたい。その思いを具現化する一つの取組として、この絵本を発刊したのである。この絵本の広報とともに、枯葉剤に関するシンポジウムや市民向け平和講座を開催している。 今後も、戦争被害を風化させないことで、平和を祈念する人を増やしていきたいと考える、そういった営みが、他者との精神的なつながりを感じられることにつながり、人々の生活改善と心の平穏に寄与することにつながると我々は信じて活動している。
プレゼンテーションA② 9:55~10:20
実践報告「「見える世界×見えない世界のまじわり」盲学校児童と学生とのワークショップと展覧会についての考察」
石沢惠理(東北芸術工科大学)
【キーワード】
ワークショップ、インクルーシブ、盲学校
【発表要旨】
2022年度から、「やまがたアートサポートセンターら・ら・ら」と山形県立山形盲学校と協働し、障がい者福祉の現場で多様な分野からの人材育成を行うことを目的としたモデル事業を実施してきた。今回は、2024年7月に実施した『世界のまじわり・ひろがり展 第1部 「見える世界×見えない世界のまじわり」』を中心に発表を行う。この展覧会は、山形県立山形盲学校の児童・生徒と東北芸術工科大学の有志学生がWSを通して制作した壁面作品を展示したもので、ワークショップ(以下、「WS」と表記)を通して、学生がどのような気付き、学びを得たのか、また、展示することでどのような成果があったのかについて考察することを目的とする。 WSでは、「ら・ら・らな世界を広げよう」というテーマで、様々な素材に触れてイメージを膨らませながら、壁面に素材を貼りつけて制作を行う内容とした。ギャラリー壁面には波型にカットした板、鈴など音が鳴るものをランダムに配置して児童が触察しながらサイズ感や自分のいる位置を把握しやすいよう準備を行った。学生には、子どもたちとの会話からイメージを引き出し、素材の使い方を提案するなどファシリテーションを行うことを指導した。 今回のWSに参加した児童は、小学部児童5名、中学部生徒4名の合計9名で、光を感じる児童もいれば、色が識別できる児童もいて一人ひとり特性が異なる。また、参加学生は9名で、児童と学生がペアになり2日間の制作を行なった。初日は戸惑う様子の児童もいたが、2日目の制作では学生との会話の中から作品のテーマが生まれたり、空間的な広がりも生まれた。児童の感想からは、非日常の体験への驚きや、短い時間ではあるが学生との交流を喜ぶ様子が伺えた。また、学生のふりかえりの中では、WSの目的を理解した上で自身が重視したい部分を意識して声がけを行ったり、普段の制作で大切にしていることを軸にしながら児童と関わる様子が見られた。児童の制作のサポートを行う支援者としての側面と、同じ視点に立って制作する制作者としての側面、この2つを使い分けることで学生が児童との制作を豊かにしようとしたことが考察できる。 WS終了後の展示では、会場にWSの様子を映像で展示した上で、制作した壁面を来場者が触れて鑑賞できるようにした。また、同様のWSを体験できるブースも設けた。筆者も3回滞在し、来館者に展示趣旨の説明をしながら制作のファシリテーションを行った。不特定多数の来場者が訪れて制作を体験していくことで、制作物が幾重にも重ねられた壁面が生まれ、児童と学生が制作した内容とは異なるエネルギッシュさが生まれていた。 2022年度から実施した3年間の協働事業のまとめとして、WSから展覧会開催について記述した。団体ごとに事業を実施する目的は異なるが、重なり合う部分を持ち寄り協働することで、児童、学生にとって、そして地域社会にとって、一人ひとりが表現することの楽しさを感じてもらう機会を創出できたと考察する。
プレゼンテーションA③ 10:20~10:45
研究発表「作ることのうちに治ること――手作業の中動態的経験と治癒性」
西野由希子(湘南医療大学保健医療学部リハビリテーション学科作業療法学専攻、明治大学理工学研究科建築都市学専攻総合芸術系博士後期課程)
【キーワード】
手作業、手仕事、日常性、中動態、治癒
【発表要旨】
本発表の目的は、作業療法の実践経験を背景に、掃除や料理といった日常的な営みのなかに生起する「治る」経験を、「中動態的経験」として哲学的に捉え直すことである。現代において「治療」は医療において科学的に語られることが多いが、私たちが経験する「治癒」は、その枠組みとは異なる文脈で生じることがある。とりわけ、手で何かを作る、整える、世話をするといった営みには、明確な目的や成果を超えて、自己と世界との関係が微細に再構成されていくような経験が含まれているのではないだろうか。
言語学者バンヴェニスト(1983)は、古典的印欧語の動詞体系の分析から「中動態」という言語構造に注目した。彼によれば、中動態は単なる能動/受動の中間ではなく、主語が行為の過程の内部に位置し、その過程の影響を受けながら行為を遂行する構造を示す。つまり中動態においては、主語は行為に巻き込まれ、その過程を通じて変容していく存在となるのである。
森田亜紀(2013)は、この「過程の内にある主体」という構造に着目し、芸術的制作を中動態的な出来事として捉え、制作を素材との応答関係のうちに巻き込まれながら、自己や場が生成されていく過程であるとした。バンヴェニストは、この中動態の理解がアリストテレスの習慣的性向(habitus)との関連を示唆するが、森田もまた、制作における「技術としての行為のかたち(habitus)」に注目している。この視点は、ジョン・デューイ(1922)が「習慣(habit)」を、身体と環境との相互作用の中で形成・変容され、自己と世界が構成されるとしたこととも通じるだろう。
本研究が注目する日常的な手作業——掃除、料理、洗濯、縫い物など——にも、こうした中動態的構造が見出されると考える。これらの作業は、完了を目指して遂行される一方で、繰り返され、中断され、即興的に調整されていくような出来事の連なりでもある。行為者の意図された計画だけではなく、その都度の関係性のなかで、注意やリズム、感覚のモードが調整され直されていく。このような手作業は、自己や世界の生成に関与する出来事として理解できる。
このとき「治癒」とは、損なわれた機能の修復ではなく、自己と世界との関係が編み直されていく過程そのものを意味する。それは、ズレや違和感、拙さや不自由さを含みながら、もう一度世界に居場所を見出していくような経験である。この過程は終わりのある治癒ではなく、暮らしの中で更新され続ける回復の過程である。日常的手作業には、まさにそうした応答的関係の生成が潜んでいる。それは制度的な治療の枠では捉えきれない、「生」の再構成の場であるといえるだろう。
本発表は、手作業という「行為そのもの」に治癒の過程が生じる根源的構造を見出そうとする点に独自性がある。この過程は「病者」に限らず、困難さを抱えながら生きる私たちすべてに通底する治癒の構造でもあると考える。
プレゼンテーションA④ 10:45~11:10
実践報告「諸橋近代美術館展覧会「ととのう展〜ヘルスケアにつながる美術館〜」の取り組み」
佐藤芳哉(公益財団法人諸橋近代美術館)
【キーワード】
ととのう、美術館、博物館浴、マインドフルネス、ウェルビーイング
【発表要旨】
2025年4月12日から6月29日まで諸橋近代美術館で開催した「ととのう展〜ヘルスケアにつながる美術館〜」は、ヘルスケアをテーマに来館者にココロとカラダのヘルスケアにつながる美術館体験を提案することを目指した。 本展では「ととのう」を全体のキーワードとした。「ととのう」は、心身が非常に良い状態になることを意味するサウナ用語として広まったが、元来は「整う(物事が整理されまとまる)」と「調う(必要な要素が揃い調和する)」の意を持ち、近年注目される「ウェルビーイング」にも通じる。本展ではこの「ととのう」を、「すべてが整理され、まとまり、調和された状態」と再定義し、五章構成で『ととのう』美術館体験を提示した。
「序章/“ととのう”ためのエクササイズ」では、眼科医監修による目のエクササイズ、マインドフルネス理論を応用した「見る」ためのエクササイズ、錯視や認知の仕組みを活用した「見方」のエクササイズの3つを、鑑賞前の準備として提案した。
「第1章/「博物館浴®︎」で“ととのう”」では、九州産業大学で研究が進められている「博物館浴®︎」研究をはじめ、世界で取り組まれている美術館や博物館での癒し効果や健康効果について紹介した。
「第2章/画家の印象に“ととのう”」では、印象派をはじめとする芸術家たちの戸外制作の背景にあった、ツーリズムの成立と健康志向について画家たちの言葉とともに紹介し、芸術表現と癒しの関係を考察した。
「第3章/天国で“ととのう”」では、ダリが描いた『神曲』の挿絵を、とくさしけんご氏(作曲家)によるオリジナル楽曲とともに展示し、音楽による没入型の鑑賞体験を提供した。
最後の「特別展示」では、マンガ家タナカカツキ氏が当館を舞台に描き下ろしたオリジナルマンガや「マンガ サ道」の原画を紹介したほか、「ととのう」をキーワードにしたオリジナルの鑑賞法を紹介した。佐藤悠氏(アーティスト/鑑賞プログラマー)監修のサウナ的鑑賞「サ鑑賞」では、ひとつの作品を長時間、複数回に分けて鑑賞することで、新たな視点や気づきを得ることを目指す実験的な鑑賞法を提案した。また、⼩室弘毅先⽣(関⻄⼤学⼈間健康学部教授)監修による「マインドフルネス・アート鑑賞法」では、マインドフルネスの理論を応用して、作品を鑑賞することで自分自身を「観る」スロー・ルッキング体験を促した。
さらに、会期中には美術館敷地内での屋外サウナフェスやサウナと美術鑑賞を組み合わせたワークショップツアー、地元ジオガイドと協働した対話による庭園自然散策、作品鑑賞が医療教育に与える影響を考察する講演会など、「自然」や「ウェルネス」、「医療」との関連を示す多彩な企画を実施した。
本展覧会は「ととのう」をキーワードに、美術鑑賞と心身の健康促進を関連づけることで、アートを通じたウェルビーイング体験の可能性を探る試みとなった。
プレゼンテーションA⑤ 11:10〜11:35
実践報告「福祉の現場でクリエイティブを心地よく発揮できる要素ってなんだろう? ー 約10年様々な現場で実践したデザイナーがみる創作活動を実施するために重要なもの」
ライラ・カセム(奈良女子大学、東京大学、一般社団法人シブヤフォント)
【キーワード】
インクルーシブ、デザイン、障害福祉、アート、共創
【発表要旨】
著者のライラ・カセムはデザイナー・大学教員として、障害福祉とデザイン分野の人々をつなげる共創プロジェクトを複数企画・運営している。中でもその象徴となるのが2016年に発足したシブヤフォントプロジェクト。渋谷の障害福祉施設で働き活動する障害を持つ人とデザインを学ぶ学生が共に創作活動をし、そこから生まれた創作物、イラストや文字をパターン(柄)やフォント化しライセンス事業として展開している取り組み。参加者は様々でアートの経験がある福祉施設のスタッフと利用者もいれば、そうでない人もいる。
カセムの活動の根本にあるのは機会創出と持続性。
学生時代の2012年から障害福祉(生活介護・就労B型)の現場で定期的にアート活動を今でも続けており、様々な障害や認知特性を持つ利用者の創作活動をサポートし、アビリティーや経験問わず様々な人の創作能力を促す発掘する活動をしてきた。そのなかで「アート」の「才能」というものは個人が生まれ持って得たものではなく、その人なりの表現を育む環境や機会があったかにあるかどうかということに気づき、立場問わず誰でも育めるものだという。発掘した創造能力は利用者本人飲みにユダれるのではなく、環境を持続的に提供するためには様々な不可欠要素が現場に必要であるのではないかと考え、現在も実践を通して検証している。
今回の発表では、障害福祉の現場で創造活動を持続的に取り組むために必要な重要要素は何かを紐解くために、これまでカセムが関わり実践してきた様々なプロジェクトやプログラムを振り返りながら検証する。
プレゼンテーションB① 9:30〜9:55
実践報告「誇りを支える – 医療福祉現場におけるデザインとアートの役割-」
河東梨香(tona LLC.)
【キーワード】
誇りを支える、 デザインとアート、 共創、 ケアデザイン、色彩
【発表要旨】
河東梨香は、日本とデンマークにルーツを持つ医療福祉ビジュアルディレクターです。 河東は幼少期から多数の国や文化の中で暮らし、言葉によらないアートやデザインのさまざまな表現の素晴らしさに触れてきました。その経験を、色や素材、自然の情緒を大切にしたものづくり・空間づくりにおいて、医療福祉分野や国内外のインテリア・テキスタイルブランドなど、幅広い領域のデザインに生かしています。「大切な誰かを思うデザイン」をテーマに、使い手や現場の思いにアプローチするデザインを実践しています。
河東は、祖母がデンマークの高齢者福祉施設に入居したことで生き生きとした生活を取り戻す様子を目の当たりにし、一方で自身が勤務する高齢者福祉施設で感じた閉塞感との対比に衝撃を受けたことから、医療・福祉の環境づくりに関心を持つようになりました。 本発表では、色彩が人の感情や身体感覚に与える影響を切り口に、医療・福祉の現場においてデザインやアートがどのように作用するか、3つのプロジェクトを通してご紹介します。
一つ目は、富山県の南砺市民病院での事例です。リハビリ病棟の廊下に方向感覚をサポートする色彩を取り入れ、認知症のある高齢者でも部屋に戻りやすくなる工夫を行いました。また、壁には歩行練習の目印となる色の帯を設置し、空間に視認性とリズム感を加えています。地域の子どもや患者、スタッフと一緒にアート制作を行うことで、空間そのものを共有し合う体験にもつなげました。
二つ目は、埼玉県飯能市にある就労継続支援B型施設との取り組みです。地域の西川材(杉・桧)を使った家具ブランド「OBUSUMA」を立ち上げ、木工製品の生産活動を通して、利用者だけでなく、ご家族、施設のスタッフまでが誇りを持てる場をデザインしました。
三つ目は、医療的ケア児とその家族、医療的ケア児と関わる現場の方々と共に考え、行っているプロダクト開発です。日々のケアに使われるタオルやスタイなどの医療的ケア児だからこそ気づくことができる使いづらさに着目し、誰もが使いやすい商品作りを目指しています。当事者の声を丁寧に聞き取り、開発段階から一緒に歩むことで、言葉の奥にある想いを受け止めるプロセスそのものが、安心感やつながりを生むものでした。
こうした実践を通じて、河東は「Care-大切にする-」「Relieve-和らげる-」「Guide-導き-」「Connect-つながり-」「Empower-力を与える-」といった視点から、アートやデザインが人の誇りを支える力を持っていると感じています。人の暮らしのそばにあるもの、ふれるもの、見るものが、どう在るか。それを丁寧に問い直しながら、現場の力になるデザインを今後も続けていきます。
プレゼンテーションB② 9:55~10:20
実践報告「「びょういんあーとぷろじぇくと」に関わる作家達(近年の活動から)―臨床の場で、アーティストには何が求められ、何が出来るのか―」
梅田 力(びょういんあーとぷろじぇくと、星槎道都大学美術学部デザイン学科)、梅田真紀(糸びと工房主宰、小田原短期大学通信教育課程保育学科)、小林麻美(画家、日本芸術療法学会会員)、日野間尋子(びょういんあーとぷろじぇくと代表)
【キーワード】
びょういんあーとぷろじぇくと、アートワークショップ
【発表要旨】
「びょういんあーとぷろじぇくと」に関わる作家達(近年の活動から) ―臨床の場で、アーティストには何が求められ、何が出来るのか― 共同研究者: 梅田力 梅田真紀 小林麻美 日野間尋子
<概要> 代表、日野間尋子氏の発案から生まれた「びょういんあーとぷろじぇくと」は、これまで参加メンバーを少しずつ増やし、時代に応じて変化をしながら活動を行ってきた病院とアートを繋ぐプロジェクトである。今回は、このプロジェクトに新たに加わった3名の作家の活動報告と、それぞれが何を思い、何が出来ると考えているのか。参加作家の視点から、病院やケアの現場で活動する意味と可能性を考察する。
1)「びょういんあーとぷろじぇくと」について
「びょういんあーとぷろじぇくと」は、病院に関わる方に、安らぎや心のゆとりを持っていただきたいという願いから、2008年、札幌ライラック病院にて始まった活動です。医療の場でのアートの設置、ワークショップ、コンサートなどによって、アートが持つ“心に働きかける力”を伝えられたら…。活動にはそんな願いが込められています。 私たちは、「アートを用いることで、病院で過ごす方々にどのような変化が生じるか」「アートが人間にもたらす力とは何か」に注目し、(2025年現在)これまでに約30名のアーティストと道内5か所の医療機関で23回の展覧会や関連イベントを開催しています。(引用:びょういんあーとぷろじぇくとHP)
2)3名の作家、それぞれの実践
A)小林麻美(画家/日本芸術療法学会会員)
2023年よりびょういんあーとぷろじぇくとに参加し、3つの活動に参加。 ①ライラック病院での作品展示と解説の工夫(2023) 院内展示を実施。鑑賞に気持ちが向いた方には制作背景も伝えたいと思いから、作品 解説をめくって読む形式を考案、実施した。 ⓶死の臨床学会参加者とアーティストの協働制作(2024年) 「かなしみやつらさを持つ人のそばにあるアート」というテーマから、参加型の共同制作作品を考案し、採用され実施された。11名の作家が考えた「問い」に対する「答え」を参加者が書き、飾りながら完成する作品で、作品自体がピアサポートのように機能することを目指した。 ②芸術療法に基づいたワークショップ開催(2025年) 日本プライマリ・ケア連合学会(札幌大会)にて、参加者の内なる主体性を引き出す事を目的に、「タネをつくろう」「植物を描こう」という2種類のWSを開催した。
B)梅田真紀(糸びと工房主宰/小田短期大学通信教育課程保育学科 助教)
アートワークショップを手がけ、これまで様々な場所でワークショップを実践。2025年度日本プライマリ・ケア連合学会(札幌大会)では、ワークショップ「自由に造形あそび」を実施。テーマや作り方を設定せず、参加者が素材や道具を自分で選ぶことで、創造に集中する時間が生まれた。手を動かすうちに発想が広がり、創造がふくらんでいく。素材の選択や進め方、着地点も参加者自身のペースに委ねられるため、状況や環境に合わせて多様な関わり方ができると感じた。今後は、病院などケアの現場での実施にも取り組み、より開かれたワークショップを探っていきたい。
C)梅田 力(彫刻家/星槎道都大学美術学部デザイン学科准教授)
2024年、日本死の臨床研究大会(札幌大会)より「びょういんあーとぷろじぇくと」に参加(作品展示+協働制作)。彫刻家として、実践を通じ「存在」とは何かを探究している。その中で近年、死や老いを忌避するのではなく、そこに宿る美を肯定的に捉える視点が現代社会において必要ではないかと考えており、こうした問いに向き合うために、病院やケアの現場にも強い関心がある。その他、芸術実践を通して得られる知の取り出し方(研究方法・方法論)として「当事者研究」に注目している。当事者研究は、“感覚のずれ”に悩む人々(美術作家・学生を含む)へのケアにも応用できると考えている。
3)まとめ 本発表では、近年「びょういんあーとぷろじぇくと」に新たに参加した作家3名の活動報告と共に、参加動機や今後の展望を報告する。また、それぞれがまとめた活動報告を基に、日野間氏を交え、今後展望について対談した様子も紹介する。
プレゼンテーションB③ 10:20~10:45
実践報告「精神科病院におけるアーティスト・イン・レジデンスのはじめかた」
荒川真由子(医療法人社団 大和会 大内病院)
【キーワード】
精神科病院、アーティスト・イン・レジデンス、アートコーディネーター
【発表要旨】
医療法人社団 大和会 大内病院は、1958年より続く精神科病院であり、2024年のリニューアルオープンにあわせ病床数を344床から228床に削減、不要な長期入院を減らし、地域移行を推し進めている病院である。筆者はこの病院でアートコーディネーター/作業療法士として勤務し、今年から新たに始めるアーティスト・イン・レジデンス(以下、AIR)のプログラム「Oouchi Hospital Artists’ Guild【O-HAG | おはぐ】」を企画、進行している。今回のプレゼンテーションでは、本来AIRの場ではない、医療現場において、プログラムを始めていくためにどのような過程を経たかということを中心に発表する。
【リサーチ】まず、プログラムを始動するにあたって、先行事例や類似事例がないかをリサーチするところから始めた。AIRを実施している病院は数少なく、事例を見つけることはなかなか難しかった。それでも、AIRを実施している診療所やデイサービス、病院等に在籍するアートコーディネーターと連絡を取り、見学や相談、研修の機会をいただいた。また、滞在環境や募集要項を考えていくうえで、医療や福祉の現場ではない、一般的なAIRを運営している団体にも相談の機会をいただくことができた。リサーチでは、病院職員とアーティストの間に溝が生まれる可能性は多分にあり、そのための対策は必須であることや、病院でのレジデンスがアーティストにとってはイメージが湧きにくい等、ほかにも多くの学びや気付きを得ることができた。
【病院との関係づくり】また、プログラムを始動するために、筆者が所属する、2024年に新設されたばかりの地域精神ケア事業部の存在をスタッフや患者に知ってもらう必要があった。そこで、当院の精神科デイケアや重度認知症デイケア はなみずき、病院のエントランスを使ったワークショップを実施することにした。これらワークショップを重ねたことにより、筆者や部署を知ってもらう機会になっただけでなく、筆者にとっては病院職員の顔と名前を認識することができ、確認すべき点は何であるのか、誰に連絡を取っておくべきか等、把握することができた。
【プログラムの浸透】O-HAGの「G」は「Guild/ギルド」としている。これは、アーティストだけでなく、患者やスタッフ、地域住民など、大内病院に関わる人たちによって有機的な関係が紡がれていくイメージを持っているためだ。このようなイメージを実現していくためには、O-HAGの活動を支える仲間が必要と考え、病院職員からメンバーを募った。滞在開始前に、O-HAG自体や、アーティストという存在に理解を深めてもらうこと、また、理解が難しいような表現に対しても、まずは想像を膨らませてみる機会を持つため、院外を含めたメンバー向けの研修を実施している。また、患者に向けた周知として、院内掲示用の「おはぐ通信」も月1回を目安に発行している。ただし、院内掲示だけプログラムを十分に周知することは難しく、患者だけでなく、メンバーではない職員への周知というところでは、さらなる工夫が必要と考えている。
プレゼンテーションB④ 10:45~11:10
実践報告「患者家族に寄り添う待合空間-筑波メディカルセンタ–病院ICU家族控室改修プロジェクト-」
園家悠司(特定非営利活動法人チア・アート)、冨山彩乃(筑波大学 大学院)、窪田蔵人(筑波メディカルセンター病院)、遠藤友宏(筑波メディカルセンター病院)
【キーワード】
ICU家族控室、改修プロジェクト、協働、学生、空間デザイン
【発表要旨】
筑波メディカルセンター病院のICU家族控室老朽化に伴い、学生と病院、NPOが協働して改修を行ったプロジェクト。
当院は茨城県南地域の三次救急医療を担う救命救急センターを有しており、年間6,300件を超える救急車搬送によって重症患者の受け入れを行っている。今回の対象であるICU家族控室は、重症度の高い患者の家族がICUで治療を受けている間、手術が終了するまで待機するための部屋である。一日あたり最大10組が利用し、長い時は10時間近く滞在する場合もある。患者家族の不安と緊張が蓄積されていく場所に対して、少しでも心の負担を軽減できる空間にするために、プロジェクトが始まった。
プロジェクトは、筑波大学芸術の学生、NPO、医師、看護師、経営企画課など多職種の協働で、2022~2025年の3年間にわたって行われた。丁寧な現場リサーチをもとに学生が設計し、医師、看護師、経営企画課らを交えた意見交換の場である「プロジェクト会議」を何度も行った。プロジェクト会議では、模型や図面を用いて実際の様子を想像しながら、専門の異なる多角的な視点から議論を行い、患者家族の気持ちに寄り添った空間を作り上げていった。ICU利用者のご家族や病院スタッフへのヒアリング、利用実態調査から、従来の「狭く圧迫感がある」という課題に加え、「面会待ちの短時間利用、手術を待つ長時間利用と異なる状況の家族が混在しており、どちらにも寄り添った空間が求められていること」「ICUエリアが日常との断然を感じる空間になってしまっており、患者家族の不安に繋がっていること」「家族控室で過ごす家族は、経緯も抱える心境もそれぞれ異なること」が明らかになった。そこで、「印象に残りすぎないデザイン」と「気持ちの換気ができる空間」の2つをコンセプトに設定した。既存の家族控室3部屋のうち2部屋を個室として残しつつ、1部屋を「つつまれるような奥まった半個室空間」、さらにICU廊下に面した場所に「オープンな待合室」を新設することで、患者家族が自身の心境や状況にあった空間を自由に選択できる空間をデザインした。改修を行ったことで、暗い印象であったICU全体の雰囲気が明るくなり、面会時には混雑して廊下に人が溢れてしまっていた状況を解消することができた。さらに、緊急手術で駆けつけた患者家族同士がオープンな家族控室4で待ち合わせを行ったのちに個室で過ごすなど、当初想像していなかった複数の空間の使い方も見受けられている。当院は、2007年より筑波大学との協働で環境改善に取り組み、家族控室、エントランスなどのアートデザイン活動を行ってきた。本プロジェクトは、簡素な空間になりがちな家族控室を患者家族の心のケアの場として捉え直して設計し、2021年の「緩和ケア病棟家族控室改修プロジェクト」で実施したクラウドファンディングの余剰金(約500万円)を活用して改修を行った。地域の方からの支援・協力をうけながら、患者さんとご家族のための空間を作りあげた。
プレゼンテーションB⑤ 11:10〜11:35
実践報告「耳原総合病院・法人内クリニックにおけるアートの継続的な関わりと地域包括ケアへの展開」
虎頭加奈(耳原アートリンクセンター、JOHNAN㈱、NPOアーツプロジェクト)、室野愛子(JOHNAN㈱・NPOアーツプロジェクト)、曾 珍(耳原アートリンクセンター・JOHNAN㈱)、柴田康宏(社会医療法人同仁会)
【キーワード】
地域包括ケア、社会的処方、文化的処方、地域づくり
【発表要旨】
本発表では社会医療法人同仁会 耳原総病院・グループのクリニックにおいて継続的な約11年間にわたるアート活動の実施について、主にコロナ禍以降の取り組みを報告する。
大阪の堺にある耳原総合病院は、戦後復興期の1950年より「無差別・平等」を理念に掲げ、住民とともに歩んできた。2015年の新築建て替えを発端とし、地域住民と共にホスピタルアートに積極的に取り組むこととなる。
新病院のアートコンセプトとなる「希望のともしび」をテーマに、エントランスには職員、地域住民の新病院に対するメッセージが書かれたYuko Takada Kellerによるハート型のアート作品、検査室には自然や堺の街並みを描いた安井寿磨子の作品が緊張を和ませる。
アートディレクターが2015年の建替オープン以降も院内に駐在し、理念の顕在化・職員からの業務改善の要望・社会包摂として地域での役割など、CS・ESの向上を目指し応えてきた。その中には空間の改善だけでなく音楽企画やコンテンポラリーダンス、朗読(2019年度本学会「レジリエンスを語り合う」近畿大学で実施されエクスカーションとして実施)など、多彩な表現で医療従事者と地域が共に支え合い、共鳴する場を創出してきた。
今回の発表では特に、コロナ禍というさまざまな制限が課せられた中においてのアートチームの役割や、緊迫した職員や患者の心情に寄り添う企画をしてきた知見、またコロナ禍で必要に迫られた急性期総病院としてのACP(アドバンスケアプランニング)への啓発の表現など、医療機関の空間にとどまらないアートの可能性について考察する。
また、法人が2030年を見据えて取り組んできた地域包括ケア事業として、2025年4月にオープンした地域コミュニティ棟完成までの経緯、その中でアートが果たした役割についても詳述する。
さらに、堺市との連携となる文化芸術活動応援補助金を活用した4年間にわたる事業活動、堺アーツカウンシルおよび公益財団法人堺市文化振興財団との協働事例を紹介する。 最後に、社会的・文化的処方としての地域におけるアートリンクセンターのあり方について、つながりづくりや地域との協同など今後の展望を含めて発表する。
プレゼンテーションB⑥ 11:35〜12:00
実践報告「病院のアートコーディネーターの役割に関する考察―大学附属病院と大学芸術分野との協働によるアート活動を事例として―」
松﨑仰生(筑波大学芸術系、特定非営利活動法人チア・アート)、岩田祐佳梨(筑波大学芸術系、特定非営利活動法人チア・アート)
【キーワード】
アートコーディネーター、病院、アート、デザイン
【発表要旨】
第一筆者は2020年より大学附属病院のアートコーディネーター(以下AC)を務める。療養環境の改善を目的とした大学芸術分野の教員や学生との協働による院内でのアート活動において、おもに病院職員と芸術分野の教員による会議の運営、各活動の予算管理や実施調整、広報、記録を担当し、現在週1日勤務している。各病院で名称や具体的な業務は異なるものの、そもそも病院に配置されるアート職は未だ少なく、その働きについても見えづらい。そこで本報告では、第一筆者の実務経験を踏まえ、病院でのアート活動におけるACの役割について考察する。近年では、教員や学生の提案による油画・書・彫塑などの作品展示や、患者と職員が参加する造形ワークショップのほか、現場職員の要望を受け家族控室や検査室の空間改善にも取り組んでおり、会議における病院職員と芸術分野での議論および承認をもって実施している。このように病院組織とつくり手の合意形成のもと、多様なアート活動を展開していくうえで、まずはAC自身での院内における関係づくりが基本となる。ACは自身の所属部署など近しい病院職員と業務内容を共有、必要に応じて分担し、さらに広報や施設担当など関連する別部署とも連携する。これにより企画の推進だけでなく、病院のアート活動は、アートの専門知識や技能をもったつくり手やACのみによって成立するのではなく、共につくりあげるものであるといった病院職員の意識醸成も期待できる。一方、病院側の当事者意識が強まるにつれ、医療や病院経営とは異なる専門性をもつつくり手側との価値観の違いが顕在化し、企画の議論での衝突や論点の食い違いも増える。そこで病院職員とつくり手の関係づくりが求められる。つくり手の提案や病院の要望を一方に伝言するだけでなく、病院職員にはつくり手の表現意図やその背景を、つくり手には病院職員の患者への思いや現場の課題を伝え、より共創的な活動となるようにACが両者を媒介する。また、病院見学や職員へのヒアリングなどつくり手が病院を知ることや、素材や制作工程など病院職員がつくり手を知ることとともに、他病院のアート活動の事例など両専門性が重なる領域やその周縁の領域を知るといった双方向的な学びの機会を設定することも、相互理解や企画への新たなアイデアにつながるだろう。そして、こうして練り上げられた企画を院内で実践していく際には、美術館やギャラリーとは異なる配慮や工夫が必要となる。病院の機能や利用者含めその環境に適した実施形態の検討や、院内外への広報によって、活動に込められた病院職員とつくり手の思いを伝えるなど、アート活動と、患者やその家族、広く病院関係者との関係づくりも重要である。病院とつくり手が互いの領域に対して敬意をもって、触発し合いながら、アートを通じて病院をどのような場にしていきたいかを共に考え、協働のなかで生み出されたものを病院へ届けていく。このような病院でのアート活動の過程で、病院との関係性や病院とつくり手との関係性、アートと院内にいる人々との関係性に働きかけることが、ACの大きな役割といえるだろう。
プレゼンテーションC① 9:30〜9:55
実践報告「院内アートワークショップ「“オンライン版”茨城県立医療大学付属病院ゴブリンワークショップ」の実践報告─2021年から2024年の取り組みについて」
小中大地(横浜美術大学)
【キーワード】
オンライン、アートワークショップ、大学病院、リハビリテーション医療、保育士
【発表要旨】
発表者は、新型コロナウイルス感染症をきっかけに、2021年からリハビリテーション医療に特化した茨城県立医療大学付属病院(茨城県稲敷郡阿見町)に入院する子ども達に向けたアートワークショップ「“オンライン版”茨城県立医療大学付属病院ゴブリンワークショップ」をアーティストとして実施している(神羅万象に宿る「妖精」の意味から作品を《ゴブリン》と呼ぶ、発表者が2005年から続ける「ゴブリン制作活動」シリーズの1つ)。「“オンライン版”」とし、オンライン会議システムによりモニター/スクリーン上に映し出された発表者が病院の外からコミュニケーションをとりつつ進める形式であり、病院側は主にプレイルームにて実施した。初回の2021年12月の企画は実験的で簡易的なカタチであったが、その後2022年は4度、2023年は2度、2024年は2度と実施を重ねる中で少しずつそのカタチは整備されていった。そのうち、2024年度の院内インターネット環境が整備されシステムエンジニア職員の協力のもとスクリーン投影が実現した点は、重要な前進であったと考える。また完成作品は制作の場の「外」にも広がった。まず2022年、3度の実施テーマは「梅」であり「うめちゃん」と名付けられた作品は病院エントランスのガラス製ドアに広げて展示された(2025年7月現在も展示継続中)。そして2023年に実施した「ドア」をテーマとした作品はその年の「看護週間」エントランス展示を彩った。以上の実施は、到底発表者1人の力では実現しえない。茨城県立医療大学付属病院からの理解と支援があってこそであるが、本発表活動において発表者との協働・院内での実働を主に担った病院職員は1名の保育士(以下「保育士」という。)であった。前段となる2019年度に6度実施した「対面」でのアートワークショップ「茨城県立医療大学付属病院ゴブリンワークショップ」で保育士と発表者は制作の場を共にし、およそ2年弱の未実施期間を経て2021年12月の初回へとつながった。その初回から、実施後には発表者が手書きで出来事や気づきを記した振り返りメモを作成し保育士と共有した(第3回・第4回は保育士が作成)。その振り返りメモには、例えば初回(2021年)活動の時間終了時のエピソードが記載されている。これで終了のタイミングで発表者が手を振りお別れをジャスチャーで表現したところ、参加した子どもは泣き出してしまった。ディスプレイに映る相手だからこそそのジャスチャーは強調されることや、子どもからするとオンライン会議システムを終了した瞬間に発表者自身がその場からいなくなってしまうのだということが理解できた。そしてその、ディスプレイに映る自身への振り返りはその後使用し始めた「カッコイイネ!!」「よくできました!!」などコメントを視覚的に記したリアクションフダへとつながったと考える。そのほかにも、保育士、発表者双方からの工夫により企画はソフト面からも整備されていった。2025年度、本発表活動は今のところ未実施であるが年度内数回の実施を計画中である。
プレゼンテーションC② 9:55~10:20
研究発表「描画と対話による「体験的コミュニケーション理解促進プログラム」を「フロント構造」で読み解く―言葉と絵で表現する意味をめぐって―」
佐野 真紀(愛知教育大学)
【キーワード】
コミュニケーション、共感、描画、言葉、フロント構造
【発表要旨】
本研究は、「高校福祉科における体験的コミュニケーション理解促進プログラムの開発」の研究過程で得られたエピソードを、八木誠一(1988)『フロント構造の哲学』に基づいて考察し、本プログラムにおいて実践される、〈絵を見て感想を語り合い、感じたことを描き、描いた絵を交換して重ねる活動〉から得られる体験の意味を検討し、理論づけることを目的とする。「体験的コミュニケーション理解促進プログラム」は、「生徒同士が人間関係を築けるようになるためには」という課題に端を発している。その内容は、ウォーミングアップ、講義、ロールプレイ、描画によるワークによって構成されており、自分で感じたことを言葉と絵で表現することを通して、快く自分を表現することと快く相手を受け入れることの循環するコミュニケーション(佐野 2013)の体験を目指している。本研究で取り上げるエピソードは、2023年10月に高校福祉科2年生を対象に実施したワークショップに関するもので、生徒6名を対象にしたグループインタビューで得られた語りである。 八木は「フロント構造」について次のように述べている。「ある人のフロントが、その人を表出するままでほかの人の(あるいはほかの人の所有)の一部に変換されているとき、それを『フロント構造』と呼ぶことにしている。この構造は、コミュニケーションがうまくゆくときに成り立つもので、その主要な形態だといえる。」(八木誠一 2016;54)このようにとらえてフロントの諸相を検討していくと、私の人格性の中枢においてもフロント構造を見ることができ、私が私であるという自己同一性は、作用圏を持つ「極」としてとらえることができる。極は磁石のように対極があってはじめて成り立つものであり、極と対極を切り離すことはできない。極を中心とした人格としての人が語る言葉や書く物が、その人のフロントとなる。(八木誠一1988;14-48)フロント構造によってプログラムを見るとき、参加者が語る言葉や絵はその人のフロントであることがわかる。プログラムの中に、描いた絵を仲間と交換して重ね合わせ光にかざして眺める活動がある。検討の結果、この活動がフロント授与・フロント同化、そして統合を体験するプロセスとして説明することができた。この活動は、自らの中に相手が存立し、相手の中に自らが存立していることを目で見て確認し、共にいることの体験として意味づけることができる。加えて、グループインタビューの語りの検討においては、プログラム参加者の種々の状況が参加者の語りに反映され、受け入れ・受け入れられる体験を通して内省を深めたことを見出すことができた。これらの考察から、想いを言葉と絵で表現する意味と描画によるワークの意義、ファリシテーターがとるべき姿勢について示唆を得られた。
引用文献; 八木誠一(1988)『フロント構造の哲学』法藏館 ,八木誠一(2016)『回心 イエスが見つけた泉へ』ぷねうま舎
プレゼンテーションC③ 10:20~10:45
実践報告に基づく研究発表「アートとケアが出合うときⅢ - 子どもの表現と大人の表現の接するところに生まれるケア」
佐治 由美子(学校法人 愛育学園 愛育学園(特別支援学校))
【キーワード】
保育、表現、相互性
【発表要旨】
保育において子どもの出す声や音、子どもの身体の動き、紙や砂の上に描かれる子どもの線などを子どもの内的世界の表現と捉えるなら、それらはすべてアートと言ってもよいでしょう。その子どもの表現には、子どもの喜びや悲しみなどいろいろな感情が表されていますが、そのすべてが子どもの意識下にあるとはかぎりません。保育者が子どもの表現に立ち合い、そこに込められている子どもの言葉にできないような思いを受けったとき、その子どもの表現に保育者も非言語的な表現を通して応えていくことがあります。子どもの思いを受け取り、それに応答していく保育が子どもを支えていくことになった場合には、それは子どもにとってのケアに結びついたと考えることができます。
今回の発表では、ある子ども(特別支援学校4年生男児)のささやかな行為に目を留めた筆者が、その子どもの行為から引き出されるようにして用意した教材がその子どもの一日の始動のきっかけとなった保育場面を通して、アートとケアの結びつきについて、さらに言えば、アートとケアの出合いの多層性、特に両者の出合いの相互性について考察していきます。
筆者は愛育学園(幼稚部・小学部)に所属する子どもたちの特別支援教育に実践者として携わりつつ、その中に浮かび上がる人間現象の理解に向けて研究を進めている研究員です。日々の実践の中に見出すことのできるアートとケアの出合いのとき(瞬間)ついて、筆者自身の記録を通して明らかにしていく実践研究の立場に軸足を置き研究を進めています。
愛育学園では、小学部の子どもたちの教育についても保育という用語を用いており、教師たちも保育者であるという自覚の上に立って子どもたちとかかわっています。その理由は、一言で言えば、子どもの意思を主体とする学校のあり方を追究し、いわゆる時間割のない学校生活を子どもたちとともにつくっているからです。カリキュラムということばを子どもが成長していく上でたどるコースというラテン語本来の意味でとらえ、平均的な子どもの発達に基づいて大人が決定するカリキュラムではなく、子どもと大人の共同作業で日々作り上げていくカリキュラム生成という考え方に立っています。学校全体の環境として、子どもたち一人ひとりが人間として育つことのできる保育的関係を大人たちが協働してつくり上げていきます。そして、卒業後も人格の完成を目指して子ども自らが成長し続けることを目指していけるように、その基礎固めに力を注いでいる学園です。
プレゼンテーションC④ 10:45~11:10
実践報告「子どもの遊び・表現に関する一考察 〜つながることから生まれるもの〜」
橋本 高子(愛育学園(特別支援学校))
【キーワード】
子ども、遊び、表現、かかわり
【発表要旨】
子どもたちの遊びや人とのやりとりの中で生まれる表現は、実にクリエイティブでユニークだなと思うことがよくあります。その時は目の前の出来事への対応に必死でも、後からふり返ると、とても面白いことが起きていたと気づくこともあります。
私は、私立の特別支援学校の教員として、子どもたちと日々を共にしています。発達に様々な特徴を持つ子どもたちが通う、在籍者数22名の小さな学校です。クラスごとに固定の時間割はなく、子どもたち一人ひとりが、自由な遊び・活動を中心に一日一日をつくっています。それぞれが自分の意思に基づいて生活するということは、自身の思い通りにはいかない場面もたくさんある、ということでもあります。そして、思った通りにはいかない分、思いもよらぬ展開が生まれる可能性もたくさんある、そのような毎日を子どもたちは過ごしています。
子どもたち一人ひとりの思いが中心にあるので、大人が子どもを導くというより、子どもの思いを受けとろうとするところから始まる相互的なかかわりが展開されます。どうしたら子どもの思いに近づき実現できるのか、子どもと一緒に考え一緒に試行錯誤していきます。
今回の発表では、一人の子どもが消防車のコンビカーに乗って、消火活動をイメージして遊ぶ場面を事例として取り上げます。周囲の環境、他児とのかかわり、大人からの配慮等と出会う中で、自身のイメージを変化させつつつなげていって、遊びを展開させていく姿を丁寧に見ていきます。保育者である私のかかわりや思考の流れも追いながら、一人の子どもが自分の「今」をつくっていく事実を、そこにある豊かなものに光を当てることで確かめたいと思います。
元々あった遊びのイメージが、偶然の物理的環境によって思わぬ形になることはよくあります。他児とのかかわりや周囲の状況で制限が生まれ、停滞したり時に壊れたり、と形を変えていくことも度々起こります。また、子どもの活動を思いと配慮を持って見守り、支えようとする大人のかかわりも、子どもたちの思いが形になっていく上で影響を与える大きな要素の一つです。それら全てを重ね合わせたところに子どもたちはいるのだと思います。様々な出会いをつないでいって、自分自身を形作っていくのだと思います。
事例に登場する子どもはこの日も、コンビカーや玩具のコンテナを紐でつなげ、そこにお気に入りの人形たちをたくさん乗せて引き連れて行くところから、独自の活動を始めていました。色々なものをつなげ、変化させながら前に進むという遊びの表現は、自ら育っていこうとする子どもの力の現われであったことを、この日の活動を振り返ったときに気づかされました。様々なかかわりの中で子どもたちが経験していることは複雑で、深く、広いものだと思います。アートやケアの分野に身を置く方々とその一端を共有し、自身の捉えや考えを深め、広げることをめざしています。
プレゼンテーションC⑤ 11:10〜11:35
実践報告「多様な人々とであう・つながる・つくりだす:MIXBOXプロジェクト」
髙橋智子(静岡大学教育学部)、因田陽香(静岡大学教育学研究科教育実践高度化専攻)、植田蛍(静岡大学教育学研究科教育実践高度化専攻)、後藤小葉子(静岡大学教育学研究科教育実践高度化専攻)、佐藤樹璃(静岡大学教育学研究科教育実践高度化専攻)
【キーワード】
共生社会、協働、作品制作、ピクセルアート、展示
【発表要旨】
これまで「共生社会の形成及び実現」という目的を掲げ、多様な人々と連携・協働しながら、継続して様々なアート活動に取り組んできた。実践を通して、地域の「ひと・もの・こと」と大学生が豊かに関わり、アート活動の提案を行ったり作品制作や展示に取り組んだりして、自他を認めたり、共につくることや他者と共に生きることの意味について問い続けてきた。多様な人との協働による作品制作及び展示は、2021年からメンバーやテーマなどを変化させながら継続している1)。大学生や障害のある人、アーティスト、NPO法人のスタッフ、小・中学生、中学校教員、大学教員など、多様な人が協働してアート活動に取り組み、新たな価値を創造する場や企画(こと)の提案を目指してきた。
2024年からは、「MIXBOX(ミックスボックス)プロジェクト」を始動している。「MIXBOXプロジェクト」の目的は、異なる立場や背景をもつ多様な人々がであったりつながったりするきっかけとなるアート活動の提案を通して、自他の表現を共有し新たな価値や意味を創造することにある。個々が制作したアート作品を用いて、他者や社会との新たなつながりを生み出すことを目指した。活動プロセスは4段階設定しており、1.個々がであうための交流コンテンツ(キャラクターカード)の開発及び制作、2.交流コンテンツ(キャラクターカード)がであいつながるための展示やワークショップの企画、3.交流コンテンツ(キャラクターカード)をもとに新たな価値をつくりだす活動の提案、4.「2」と「3」の実践と改善となっている。「1」については、誰でも簡単に表現活動に取り組めるように、ICTを活用したオリジナルキャラクター(ピクセルアート)のカード制作とした。本プロジェクトにおいては、作品制作に加えて、作品制作後の交流活動(展示及びゲームなど)も重視しているため、その活動の活性化を期待してカード形式とした。個によって制作された個性豊かなカードがコミュニケーションツールとなり、自他とであったりつながったり、新たな価値を創造したりすることが期待できると考えた。本プロジェクトは全ての人を対象としているが、2024年は中学生や教員を対象に「1」を実施した。2025年は大学生を対象に「1」を実施すると共に、完成したキャラクターカードを活用した「2」「3」の企画を検討している。2024年に実施した中学校の実践では、現場教員や地域のアーティストと連携を行い、題材開発に取り組んだ。図画工作科や美術科においても、作品(もの)を制作することに留まらず、その制作過程において「ひと・もの・こと」と豊かに関わりながら、学びを深めていくことが重視される。授業では、表現することと鑑賞することの相互の関連を意識しながら、作品制作に取り組んだ。本発表では、2024年から取り組んできた「MIXBOXプロジェクト」の概要や現在までの活動過程について、実践報告を行う。
1)「静岡大学教育学部・地域創造学環美術科教育研究室報告書Art Education Laboratory」vol.1-4、2022-2024
プレゼンテーションC⑥ 11:35〜12:00
実践報告「ロックバンドサルサガムテープ による音楽表現の考え方」
酒井真弓(NPO法人ハイテンション)、泉良太(東京福祉専門学校)
【キーワード】
音楽、初期衝動、福祉施設、表現活動
【発表要旨】
私たちは2025年に結成31周年を迎えたサルサガムテープというロックンロールバンドである. 元NHKうたのお兄さん/ギタリストであるかしわ哲が,福祉施設利用者とともにポリバケツにガムテープを貼った手作り太鼓でセッションをしたことが始まりである.現在はかしわ哲を筆頭にプロミュージシャン, 知的障害を有する打楽器隊,医療・福祉職に従事するミュージシャンで活動を続けている.また2011年よりNPO法人ハイテンションを立ち上げて福祉事業としてバンド運営を開始し,さらに活動の場を広げている.これまで30年の歴史の中でロックフェスやテレビ出演,CDの発売など様々な経験をしてきたが,結成当時から変わらないのは「みんなで音楽を楽しむ」という点である.
普段の私たちは生活介護事業所の職員と利用者という関係である.事業所内の音楽プログラムでは音楽をやりたいと思う気持ちや衝動性を大切にしている.音に刺激されて太鼓でリズムを刻む,歌を歌う,声を上げてシャウトする,踊る,少し離れたところから見て楽しむなどとても自由である. これは利用者だけでなく職員も一緒に自分の感性に従って自己表現を楽しんでいる.これはサルサガムテープの楽曲アレンジの手法も同様で,かしわが原曲をギターで歌ながらメンバーがジャムセッションのように個々の表現を重ねていく.始めからちゃんとした演奏を目指そうとせず,メンバーの感性に任せた方が格好いいアイデアが生まれやすい.このように自分の表現が尊重されているという実感は最終的に一体感のあるステージングへと繋がっていく.
経験則になるが福祉事業所の中で利用者が音楽やダンスに興味を示しても支援者からすると,「どうしたら良いのだろうか?」,「みんなで合わせて形にできるだろうか?」という疑問や不安が先だってなかなか支援に踏み出せないことがあるような気がする.しかし先にも述べたようにまずは難しく考えずに利用者の興味や衝動から現れた反応のまま表現してみるということで良いのである.そして利用者のみならず支援者自身も参加者となって表現すれば,楽しい時間や芸術的な創作物を作る瞬間をともに味わうことができる.このときに支援される側とする側という境界線は曖昧となりお互い個性をもった対等な人間であることを実感させてくれるのだ. 現在当法人ではダンス,ファッション,DTM,ポエム朗読,街でパレード,路上ライブなど表現活動の幅を広げている. これからもサルサガムテープで培った表現活動の寛容さを土台に,様々な芸術表現を実現していきたい.
プレゼンテーションD① 9:30〜9:55
実践報告「文化的処方における舞台芸術の可能性/持続可能な実践に向けて ~PDダンスの展開例をもとに~」
古賀弥生(芸術文化観光専門職大学)
【キーワード】
文化的処方、パーキンソン病、PDダンス
【発表要旨】
・パーキンソン病患者のためのダンス活動は、近年、社会的処方やウェルビーイングとも関連付けてその意義や成果が語られるようになっている。
・先行研究では、イングリッシュ・ナショナル・バレエの「パーキンソン病のためのダンスプログラム」において、姿勢が安定する可能性を除けば、優位な改善効果は見られなかったが、質的なインタビューでは踊った本人も見ていた人も(動きの)流暢さ、バランス、足取りなどに改善効果があったと認識していたことから「パーキンソン病患者がダンスをすることで得られる主な効果は、精神活動と感情的・社会的な健康、幸福感にある」(中村美亜訳『芸術文化の価値とは何か』)などとされている。
・また、ダンスはPD患者の運動機能、非運動機能、QOLのいずれにも有効だが、介入(ダンス)をやめて1か月後にはもとに戻ってしまうとされる(橋本弘子(大阪公立大学博士学位論文)「パーキンソン病患者に対するダンスの有効性に関する研究」)。
・このことはダンス活動の継続実施の重要性を示唆するものだが、持続可能な実践のための環境をどのように整備するかについては課題がある。
・国内におけるパーキンソン病患者のダンス活動は、大阪森ノ宮医療大学の橋本弘子が先鞭をつけ、スターダンサーズ・バレエ団に所属する昭和音楽大学の小山久美がマーク・モリス・ダンス・グループのメソッドの導入に貢献しているほか、順天堂大病院での実践、石川のダンスウェルの活動など拡大している。
・なかでも福岡で2016年に始まった、ダンスアーティスト・マニシアと一般社団法人パラカダンスの活動「PDダンス」は、コロナ禍で対面での活動が制約される中、オンラインによる展開を経て全国に拡大しており注目される。
・近年は社会的処方の一環として芸術を活用する動きが活発になっており、美術の領域での取り組みが知られているが、舞台芸術分野にも拡大できるものと考えられる。
・報告者は2022年度から兵庫県北部の但馬(たじま)地域において、当地でコミュニティダンスの活動を行う一般社団法人ダンストーク、兵庫県の健康福祉事務所等と連携し、「豊岡でパーキンソン病と暮らす方の交流会(PDダンスin豊岡&おどりんさるカフェ」を開始した。
・本報告では、この取り組みの状況や参加するパーキンソン病当事者・家族の様子、マネジメント面の課題等を紹介し、舞台芸術分野での文化的処方の可能性と持続可能な環境整備のあり方を考える。
プレゼンテーションD② 9:55~10:20
実践報告「誰もが描ける、誰もが語れる「物語」へ」
請井且恵(アートサポートラボ)
【キーワード】
AIアート 、心に息づくアート 、暮らしに寄り添うアート 、感じる心 、インクルージョン
【発表要旨】
誰もが描ける、誰もが語れる「物語」へ
『アートサポートラボによるインクルーシブな創作実践』
私たちアートサポートラボは、障がいのある方々が自らの感情や想像を表現し、社会とつながる機会を創出することを目指して活動しています。2025年11月、愛知県刈谷市美術館で開催予定の『AIアートなインクルージョン物語展2025』は、その活動の集大成とも言える展覧会です。
本展の特徴は、絵を描くことに自信がない方も、AIを「筆」として用い、自身の中に浮かぶ情景や感情を作品として表現している点にあります。使用するツールは主にAdobe Fireflyなどの生成AIで、参加者はスタッフのサポートを受けながらプロンプト(言葉による指示)を入力し、AIと共に作品を作り上げていきます。
こうして生まれたアート作品は、完成後に額装され、展覧会で展示されます。そして展示を終えた作品は、すべて本人の手元に戻され、自室の壁に飾られます。そこから生まれるのは、単なる「作品の所有」ではなく、日常空間にアートが入り込むことによる生活の変化です。
「部屋が明るくなった」「この絵に似合う花を飾ってみたくなった」そんな声が参加者や家族から寄せられています。アートは、日常の中に静かに根を下ろし、空間や気持ちに小さな変化をもたらしていきます。その過程こそが、この展覧会が描くもう一つの「物語」であり、私たちは作品の完成だけでなく、その後の暮らしの彩りまでを大切に見つめています。
展覧会では、年齢や障がいの有無を問わず、さまざまな人がAIを介して生み出した作品が並びます。それぞれの作品の背後には、その人の物語があります。展示空間は、単なる視覚鑑賞の場にとどまらず、来場者が多様な表現と向き合い、感じ、考える場となるよう設計されています。
本展の理念は、アートとテクノロジー、そしてインクルージョン(包摂)の交差点にあります。AIを活用することで、これまで表現することをあきらめていた人々が、新しい「声」を持つことができる。そして、その表現が他者とつながり、社会に新たな価値をもたらすのです。
本発表では、AIアートワークショップの具体的な実践例、参加者の変化、作品の社会的インパクト、展示後の生活環境の変化について共有し、AIを媒介とした創作活動が福祉や教育現場で果たしうる役割について考察します。また、今後の展望として、AIアートを通じた地域連携や、多文化共生の可能性についても提案いたします。
プレゼンテーションD③ 10:20~10:45
実践報告「食がつなぐ表現の場」としてのグループホーム:共同生活援助という制度のはざまで」
嶋田久美(医療法人遊心会グループホームあえる/京都大学)
【キーワード】
グループホーム、共同生活援助、食、表現
【発表要旨】
本発表は、グループホームという共同生活の場における人びとの表現とそのケアとしての働きを「食」という観点から考察するものである。
グループホームとは、共同生活援助という制度に基づくわが国の障害福祉サービス事業の一つの形態であり、「障害のある方が地域住民との交流が確保される地域の中で、家庭的な雰囲気の下、共同生活を営む住まいの場」と定義される。グループホームにおける支援内容は、「主に夜間における食事や入浴等の介護や相談等の日常生活上の援助」と規定されており、とくに食事については事業者に提供の義務がある。しかし、その提供の仕方は各事業所と利用者の采配に委ねられる部分が大きく、決して一様ではない。たとえば、事業者が手作りの食事を提供する場合もあれば、配食業者に外注する場合もある。また、利用者には、事業者からどのように食事の提供を受けたいか、あるいは受けたくないかの意思を表明する権利もある。
発表者はこれまで、上記のような共同生活援助の制度に基づくグループホームにおいて、世話人兼生活支援員として、精神障害を抱える人びとの生活支援に従事してきた。当グループホームでは、共有スペースで入居者が共に食事をする「食事会」を1日1回のペースで開催している。開設当初よりスタッフの手作りによる食事の提供を続けてきたが、報酬改定による減資やスタッフの退職、さらにはここ数年の物価高といった要素が重なり、配食業者の導入に踏み切らざるをえなくなった。このように食事にかかる業務をアウトソーシングすることにより、経費削減や人員不足の解消という利点がもたらされた。しかし一方で、入居者との関わりの機会が減り、入居者とスタッフとの関係性が変質する結果となった。
この変化から見えてきたのは、「食事会」はたんに食事を提供したりされたりする場ではなく、食を通じて多層的に「ケアの空間」を醸成する一つの仕組みとして機能していたということである。「食事会」には摂食だけでなく買い出しや調理など様々なプロセスが含まれる。そのマルチモーダルな仕組みにおいて、入居者とスタッフから発せられる言葉や身振りによる表現がさまざまに交差する。そこで交わされる人びとの表現は、制度上には表れにくい、いわばインフォーマルな情報である。本発表では、そのようなインフォーマルな情報がいかに「ケアの空間」を形成しているかを、当グループホームの「食事会」の仕組みとそこでのエピソードを交えながら考察し、「食がつなぐ表現の場」としてのグループホームの意義、ひいては、ケアにとって「共同であること」や「ホーム」の意味を改めて問うていく。
プレゼンテーションD④ 10:45~11:10
研究発表「精神医療をめぐる経験を記述するための文学の効用: 認識的不正義に抵抗し、支援のパラダイムを問い直す」
大野 美子(大阪大学大学院 人間科学研究科)
【キーワード】
精神医療、lived experience、文学、認識的不正義、解釈的周縁化
【発表要旨】
【背景】 近年、精神保健医療福祉においては、障害福祉サービスでピアサポートが報酬化され、専門職中心だった支援現場に経験専門家(lived experience)が参画する動きがある。自らの病の経験を活かして支援に当たるピアスタッフは、支援のパラダイムを変える力を秘めた存在である。 ただし、従来「ケアする側」と「ケアされる側」という異なる立場に置かれてきた者たちが、互いの声を聴きあい対等な立場で協働することは決して容易でない。とりわけ、従来ケア対象者として客体化されてきた者たちが、声を発するには準備が必要である。「解釈的周縁化hermeneutically marginalized」(フリッカー2023:198)された人たちは、自らの状態や経験を記述する解釈実践(言葉や概念を作り、知識を交換し蓄積する営み)から周縁化されることにより、自らの経験をうまく伝えられず、自分が何を経験しているのかを理解できないことがある。彼らがlived experienceを語るためには、自らの経験を語る言葉を他者とともに作る作業が要請される。
【内容】 私は精神医療にユーザー/家族/専門職の三つの立場から関った。私が入院患者であったとき、私の言葉は医療化された文脈で「症状」や「問題行動」として解釈された。「医療の言葉」を取り込んで話すことを覚えると、医療者とのコミュニケーションは容易になったが、自分の経験や気持ちを語ることから乖離する感覚があった。その後、専門職として専門理論を纏って支援に当たる中で、精神医療の言葉は良くも悪くも説明性能が高くわかった気になりやすいのだと理解した。異なる立場の人の間で通訳が得意になったが、求められる文脈で器用に言葉を置き換えて話すうち、私自身のlived experienceを語ることからは遠ざかった。 本発表では、精神医療をめぐる経験を記述する際の文学の効用を考察する。私は文体をめぐる試行錯誤の末、「精神医療をめぐる経験の語り部活動」として詩やエッセイを書くようになった。詩を書くとき、使い古された言葉を用いないという決意が、自分の声を導いてくれる。連作エッセイを書くことで、ひとつのテーマで貫かれつつも、矛盾し生成し続ける自己を変奏曲のように表現できる。死者の声すら取り込みながら、複眼的視点、多声で描かれる出来事の連鎖を描けるのである。 私はさらに、作品を学術研究に取り込んで、支援のパラダイムを問い直す応用哲学研究に取り組んでいる。私の研究手法は、応用哲学、オートエスノグラフィ、アート・ベースト・リサーチを一部に含み、学術研究の新しい話法や文体を創造しようとするものである。私自身の内部の異なる立場の者たちによるコ・プロダクション(共同研究)であり、メンタルヘルスケアの新しい解釈資源(言葉や理論)を作るソーシャル・アクションである。これら作品や論文を書くことは、精神科患者に対する認識的不正義(Fricker2007)への私なりの静かな抵抗なのである。
【参考文献】
Miranda Fricker(2007) Epistemic Injustice: Power and the Ethics of Knowing. Oxford University Press.ミランダ・フリッカー『認識的不正義』佐藤邦政監訳、飯塚理恵訳、勁草書房、2023.
プレゼンテーションD⑤ 11:10〜11:35
実践報告「こども食堂×大学生 -ワークショップとデザインでつながる場づくり-」
広根礼子(金沢学院大学)
【キーワード】
こども食堂、ワークショップ、デザイン
【発表要旨】
1. 始めに
本ゼミは、大学の専門性と学生の創造力を地域課題の解決に活かすことを目的に、2021年より地域のこども食堂と協働して活動行っている。本報告では、2024年度の実践を中心に、ふり返りと考察を行う。
2. 背景と目的
2021年度は、こども食堂を利用するひとり親家庭に対して自然体験と文化的体験を融合したワークショップ、2022年度は、コロナ禍のこども食堂が抱える脱プラ問題をテーマに、SDGsワークショップを実施した。2023年度からは、こども食堂のない地域に出向き、「出張こども食堂」を開催。2024年1月の能登半島地震後は、被災者を対象とした活動を行い、数年後の再建と新設を視野に支援を継続している。
3. 活動概要
こどもが1人で歩いて行ける距離を考慮すると、小学校区に1か所、こども食堂が存在することが理想である。能登半島地震により、被災地のこども食堂は開催が困難な状態となり、運営状況が大きく変化した。
2024年度の主な取り組みは、能登半島地震支援グッズ制作・出張こども食堂・公開ワークショップの3点である。地震からの復興を願うメッセージを込めたトートバッグとレジかごバッグをデザインし、食材などの支援物資を詰めて「出張こども食堂」に参加した被災者に配布した。認定NPO法人全国こども食堂支援センターむすびえが、こども食堂開設10周年の節目を記念し全国で行った「公開ワークショップ」の石川県バージョンの開催をサポートした。また、企業が一般から集めた大量の冬物衣料を、被災者や子育て世帯、困窮世帯に配布するための準備に携わった。いずれの活動も、微力ながら被災者支援につながることを願って参加した。
4. 成果の考察
能登半島地震支援グッズは、配布した被災者に好評を得、復興を願うメッセージをデザインに込めて届けることができたと感じる。学生は、自分達も使うことで能登への思いを忘れない、と話し合った。公開ワークショップでは、こども食堂の現在地を知ることができた。この場に学生が参加することで、こども食堂の意義を理解し、周りに伝えていくことの大きな価値を実感した。
2024年12月、こども食堂の数は、全国で前年度比1734か所増の1万866か所となったことが、むすびえの調査で明らかになった。都道府県別では東京都が1160か所で最多だった。石川県は、前年度比10か所増の98か所(全国で37位)。こども食堂のある小学校区の充足率は、35.15%(前年度33%)となった。本活動の貢献度は数値化できないが、一端を担うと捉えたい。
5. 課題
今後の課題として、こども食堂の機能や対象について、社会的理解が十分でない点が挙げられる。継続的な「出張こども食堂」の開催を通して、こども食堂が不登校や発達障がい(特性)のあるこどもと保護者の居場所としても機能していることを明らかにしていきたい。
プレゼンテーションD⑥ 11:35〜12:00
実践報告「経験と記憶のMAKURAづくりワークショップの実践報告」
笠原広一(東京学芸大学)、森本謙(東京学芸大学)
【キーワード】
記憶と想起、アート・ワークショップ、MAKURA、ABR
【発表要旨】
本発表では、自己の潜在的/顕在的記憶に「かたち」を与え、他者との語り合いを通して記憶との新たな対話を生み出すことを目的とした、枕(MAKURA)型クリヤーパックを用いたアート・ワークショップの実践を報告する。
記憶には、アスマン(2007/1999)が述べるように「潜在的記憶」と「機能的記憶」が存在する。潜在的記憶は、ある契機を通して顕在化し、想起や語り直しを経て、その当時の状況や文化的・社会的文脈と再交渉する中で、自己を形づくるアイデンティティの一部となる。こうした記憶は、その都度意味や形を変えながら、現在の自己認識に組み込まれ、同時に新たな自己を形成する要素ともなりうる。
また、「枕」という日本語には「魂の蔵」といった語源的な解釈もあり(清水 1991)、枕は人の記憶や魂を宿す「容れ物」としての象徴的意味を持つ。過去の記憶は、記念碑や書物、美術作品などによって視覚化され、共有されることで集合的記憶を構成していく。その過程そのものが、記憶を捉え直し、新たな意味に気づく契機として機能し、自己生成的な行為ともなりうる。
本ワークショップでは、「夏の記憶」をテーマに、MAKURA型のクリヤーパックを記憶の容れ物・ビジュアルメタファー・素材として活用し、経験と記憶の表現・共有・再構成を試みた。ワークショップ参加者が制作したMAKURA作品を振り返りながら、形のない記憶をいかに表現し、そこからどのような省察や対話が生まれたかを検討する。記憶を「かたち」にし、捉え直すひとつのアート的表現手法としての可能性について考察する。