NEWS / 2017/4/12

オンラインジャーナルvol.8 総評

オンラインジャーナル第8号発行に寄せて

病院をギャラリーにみたてた展覧会や、ホスピスでのワークショップに関わって、かれこれ10年近くになります。美大を退職したあとも、ボランティアとして引き続きアートとケアの出会いをつくるチャンスに立ち会ってきました。その感想は、一言でいえば、芸術と医術(医学)のあいだの溝は、いまだ大きいということです。医療スタッフと美術関係者が口にする「いのちのやりとり」の温度差は、感覚的にも制度的にも、むしろ広がっているようにさえ感じることがあります。書店の棚や図書館でも、アートとメディシンの領域分類は以前の ままで、両者が重なる潮目の豊かさに気付いていないのが実情です。

今回のオンライン・ジャーナルへの寄稿のひとつ、『日本の医療現場におけるArt and Designに関する基礎調査−現状把握を目的としたインタヴュー調査を通して』 は、これからのアートミーツケアの活動の現状と将来への具体的な資料を提供しております。公立および民間の総合病院や診療所などの患者、 医師、看護師、管理者からのアートとデザインの導入に関する聞き取り調査の報告です。全体としては患者や医療者から歓迎もしくは好意的な 感想が聞かれ、活動への期待と感謝を表明であり、「もし病院でのアートがなければ、さぞかし殺風景で味気ない日々の生活を送ることになっ たはずです」といった感想が、私たちを勇気づけてくれます。

しかしながら、実際に病院での「アート」の導入に関わってきた一人として、これからは単なるアートやデザインの出し物 やアイテムを考えるだけでは、やがて行き詰まってしまうような気がしてなりません。とくに医療現場の特殊性やそこから生じる制約にたいし て、日頃から「創造的」に働きかけてゆくことのできる「アートコーディネーター」の採用が急務と思われます。コミュニケーションのちから を含めた「アート」の潜在力を引き出し、組織全体に浸透させるだけの「デザイナー」の養成が求められています。

報告にあるように、画家、彫刻家、デザイナーがそのまま作品を持ち込んでも、そのままケアになるとはかぎりません。健康な人間による能天気なお遊びではなく、病める者の嫉妬の対象にならないような届け方を工夫するには、医療現場に流れる日常の時間と空気 を年間の行事を含めて吸っていることが求められます。医療者の方も、アートが目の保養あるいは無いより在った方がましという意識に止まっ ている病院では、活動も先細りとなります。医師や看護師のアートの催しにたいする無関心あるいは無視があるとすれば、その根本には、我が国の芸術教育の根付きの浅さによるのかもしれません。

にもかかわらず医療現場でのアートやデザインの潜在力に期待し、具体的な活動の機会をつくっているのは、病院のトップ であり、その意を受けたアートの好きな医療者や事務方の感度と熱意であることは事実です。アートとケアの実りある出会いを創っている院長のことを、これまで「アーティスト」あるいは「デザイナー」と呼んできましたのはそのためです。

今号では、医療現場を舞台にした論考が多く揃っているだけでなく、メンタルヘルスにかかわる当事者のパフォーマンスに関する意欲的な論考も並んでいます。

アートとケアの実りある出会いの場をつくりだし、活動をつづけ、それらを研究されている方がいることにあらためて、意を強くしています。

みなさまにこのオンラインジャーナルを大いに活用していただければ幸いです。

 

オンラインジャーナル編集委員長

横川善正